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TOZです。
1の続きです。
ザビーダ×ミクリオを最終目標にしてます。
今回、ちょっとだけくっついてますが、ミクリオのリハビリに付き合ってるだけなので、
まだまだ先は長そうです。
話の流れ上、スレイは未登場です。
主人公なのにね!でもしょうがないよね!
しょうがないで流そうとするのは、大人の悪い癖です。


捏造が段々ひどくなりますよ。
アリーシャは誰かしらと結婚してます。








 スレイがマオテラスと共に眠りについて、二年が経とうとしていた。ロゼたちは相変わらず世界を旅しながら憑魔を祓い、導師の素質を持った人間と、浄化の炎の能力を持つ天族を探していた。世界は広く、旅慣れた彼らにすらいつも新たな発見をもたらしたが、残念ながら目当てとする人間や天族は見つからなかった。憑魔の数も徐々に減少し、憑魔を倒すというよりも、セキレイの羽の仕事の手伝いをしている側面が強くなった。人生経験豊富な天族だが、商売というものは人間独特のものだ。彼らは興味深そうにロゼの仕事を手伝った。露店で物売りをできるわけではないから、手伝える仕事というのも限られたものだったが。

 この二年の間に、アリーシャはローランスから婿を取っていた。騎士団に所属しセルゲイの下で働いていたその男は、グレイブガント盆地での共闘をきっかけにアリーシャを気に入り、縁談の話が持ち上がるなり立候補までした人物であるらしいのだ。実直そうな人柄で人望も篤く、セルゲイも太鼓判を押した人物である。アリーシャとも性格が合ったようで、ハイランドとローランスの架け橋として、大々的に彼女たちの婚儀は執り行われた。一人で抱え込んでしまうアリーシャにとって、年上の包容力のある彼の騎士はぴったりのように思えた。それでも、政略結婚の色も強く感じられるこの組み合わせに心配になったロゼは、こっそりとアリーシャの屋敷に忍び込み「あんた、あの男と一緒になって幸せになれんの?」と、なんともストレートに問いただしたこともあった。突拍子もないロゼの行動に驚いていたアリーシャだったが、ロゼの心配を感じ取ったようで、ふふと笑いながら「うん」と頷いた。その笑顔がまた、綺麗だったのだ。ようやく女の子になったように、ロゼは感じた。なんだか置いてけぼりを食らってしまったような気がして、その後はちょっと素っ気ない態度をとってしまった。婚約に良い思い出がないのも原因だろう。彼女は誰かに押し付けられたわけでも、強制されたわけでもなく、自分で相手を決めたのだ。彼女の輝く笑顔が眩しかった。

 ミクリオも、この二年の間、随分と元気を取り戻していた。口数もスレイが居た頃に比べては少ないが会話は成立するし、固いなりに表情を浮かべるようになっていた。前のような積極性はないものの、戦闘にも参加するし、ロゼとの神依も問題はない。
 ただ、旅は手詰まりの雰囲気が漂っていた。そろそろ腰を落ち着けてもいいのではなか、という空気が皆の間に流れていたのだ。もちろん、セキレイの羽として各地を転々とするには違いないが、商談によってはその地に一ヶ月二ヶ月と留まることもある。今までだったら、エギーユたちに任せきりにしていたそういった仕事も、ロゼが取り仕切ることができる。そういう節目に来ているのではないか、と皆が思っていた頃だ。


 今日も、ゴドジンの外れに湧いた憑魔の群れを浄化し終えて、宿屋でくつろいでいるところだった。観光客のいないこの地の宿屋では、村人から導師一行として受け入れられているロゼのほぼ貸切状態で、食堂でライラたちと話していても不審がる目はない。そういう意味では非常にこの村は居心地が良いのだが、なにぶん、ここまでの便は相変わらず悪いままだ。
「この後どうしよっか?ラストンベル?それとも、足を伸ばしてローグリン?」
 ミクリオが気まぐれに作ったフランボワーズムースをつつきながら、ロゼが全員を見回す。こういう時に頼りになるのは、意外にもザビーダだ。ミクリオは置いておいて、ライラとエドナはロゼの判断に任せきりなので、滅多に異論を唱えることはないのだが、同時に意見を言わない。話し合いしてるんだから困るなあ、と思うロゼだが、主張ばかりされてぶつかっても面倒なので、その小さな不満を口にしたことはない。
「ザビーダはなんかある?」
「ん?あー、」
「どしたの?珍しく上の空じゃん。疲れた?ここでもうちょい休んでく?」
 話を振られても、いつもの打てば響く軽快な返しのないザビーダに、ロゼの表情も曇る。強行軍というわけではないが、まとまった休みを取っていなかったのも事実だ。
「そういうんじゃねぇんだよなあ。そうだ、ミク坊、お前はどうよ?」
「え?あ、えっと、なに?」
 ザビーダ以上に心ここにあらずのミクリオに、ロゼは思わず男女で向かい合わせになっているテーブルに手をついて、身を乗り出す。
「ちょっとちょっと、二人してなんなわけ?疲れてるんならそう言ってほしいし、あたしに不満があるなら隠すなって。そんな遠慮する仲でもないっしょ」
「…そうだね」
 ミクリオはそう言って、さっと顔を伏せた。前髪が作る影が濃く顔にかかり、今のミクリオの雰囲気と相まって、余計に物悲しく見えてしまう。これで男なんだよなあ、とロゼはミクリオに失礼なことをしげしげと思う。ホント、あたしより美人だし、綺麗だし、雰囲気だってお上品だし。
「で、なに?」
「…うん。前々から考えてたんだけど、僕は僕なりに、旅の記録を執筆してみたいなと思って。ううん、そんな大袈裟なものじゃなくて、今まで見聞きしたことを僕なりにまとめたいんだ。それにはやっぱり、旅をしながらっていうのは難しいから、僕はこの辺りで別れようと思うんだ」
「別にいいんじゃない?憑魔も弱いやつしかいないし、ミボ一人がいなくなったところで、全く全然支障はないわ」
 食いしん坊の女性陣に合わせて随分大きく取り分けられたフランボワーズムースを完食したエドナが、ミクリオの皿を引き寄せながらそう同意した。最初からエドナに取られることを想定していたようで、ミクリオのおやつは手つかずのままだ。
「私も賛成ですわ。ミクリオさんには文才がありますし。どちらで執筆されるのですか?」
「やっぱりイズチがいいかな」
 ミクリオが腰を落ち着ける場所といったら、そこしかないだろう。この五人旅が始まったばかりの頃であったのなら皆が止めただろうが、彼なりに整理もついただろう。スレイとの思い出に囲まれながら、ゆっくりと心の整理をすればいい。だが、それでいいのではないか、と女性陣がまとまりつつあったところへ、ザビーダが口をはさむ。
「あー、それなんだけどよ、ミク坊、俺ん家来ねぇ?」
「え、ザビーダ、家持ってるの?!」
 天族に家を持つという概念はない。思わずロゼが声を上げてしまったように、特にザビーダのように世界中を旅している天族には珍しいことなのだ。
「まあ、家つっても、没落貴族の忘れもんだからな。取り壊す様子もねぇから、勝手に使わせてもらってるだけだ。ちゃんと手入れもしてるし、定期的に戻ってるぜ?ま、お前らと旅するようになってからは放置してるから、どんだけ荒れ果ててるかは分かんねぇけど」
「でも、そういうのって、人間が勝手に遊び半分で侵入してきたり、お化け屋敷だーって噂になったりしない?」
「あー、その点は問題ない。ちゃんと結界張ってあっから。普通の人間はまず見えねぇし、天族も他人の領域に入ってくるような奴はまずいねぇよ」
 ふーん、と興味があるのかないのか、適当な相槌を打ったロゼは、で、ミクリオ、どうすんの?と、彼に話を振る。
「ザビーダの荒れ果てた家で留守番してる?それとも、イズチでゆっくりする?」
「あ、ついでに俺もここで離脱するわ。ミク坊の家政婦やりつつ、久々にのんびりしてぇし」
 来ないか、と誘っておきながら、既にミクリオと共に住むことが決まっているような口調だ。ザビーダのこういった強引さも珍しい。我は強いが、相手の意見を尊重してくれるのが彼だ。何を企んでるんだか、と思わずじと目で見つめてしまったロゼの視線に気付いたのだろう、隣りに座るミクリオの肩をたたきながらも、片目だけを瞑ってロゼの視線に応えていた。
「僕は別に、君に世話を焼いてもらう必要はないよ」
「そこは年長者の意見に頷いておこうぜ。世渡り上手の鉄則だ」
「世渡り下手で結構。僕は君みたいな大人になりたいと思ったことはないからね」
 理屈っぽいミクリオは、一度スイッチが入ると途端口数が多くなる。あの頃の比ではないにしても、仲間相手にムキになるところは変わらない。だからと言って、年の功のザビーダに勝てやしないのだが、そこはミクリオの矜持が許さないらしい。不毛な言い合いが繰り広げられるかと思いきや、会話をさえぎるようにエドナが大きな音を立てて椅子を引いた。
「いいんじゃない?せいぜいこき使ってやればいいのよ」
 エドナはそう言い捨てて、女性陣に割り当てられている部屋へと消えて行った。
「なんかエドナ機嫌悪い?」
 その後ろ姿にロゼがそうこぼしたものの、ライラは苦笑するばかりで、ロゼの声に応える者はいなかった。結局、ザビーダの案に、エドナだけでなく、ライラやロゼも賛成したこともあり、ミクリオの意思は半ば無視される形とはなったものの、彼との奇妙な二人暮らしが決定したのだった。


 ザビーダの家はアイフリードの狩り場の北東辺りに位置する。アイフリードの狩り場と呼ばれる以前から建てられていたようで、屋敷は相当の年代ものだった。マーリンドの美術館と同じ様式が用いられており、部屋数も同じくらいではないだろうか。ザビーダの施していた結界のおかげか目立った損傷もなく、風化も免れている。ただし、屋敷中にたまりにたまった埃は彼の術の範囲外だったようで、朝から晩まで五人は掃除に追われた。屋敷中の窓という窓を開け放ち、掃き掃除と拭き掃除の繰り返しになった。これでは終わらないと、エドナがノルミンたちも呼び寄せ働かせて、ようやく屋敷の埃っぽさはなくなった。寝泊りする部屋を何室か整えて、へろへろのへとへとになった一行は、綺麗に磨き上げた床に雑魚寝した。長いこと放置されていたリンネ類は見事に埃まみれで、使うこともできなかったからだ。


 そうしてバタバタと始まったザビーダとミクリオの暮らしだったが、二人の生活はひどく穏やかなものだった。他人と二人きりの生活は初めてなのだろう、当初は戸惑いを見せていたミクリオだったが、ザビーダの絶妙な距離の保ち方に次第に慣れ始めていた。天族である彼らに、人間のような規則正しい生活は必要ない。三食の食事も睡眠も不要だが、ザビーダは朝食だけは毎日摂るようにルールを作った。ミクリオを部屋に閉じこもりっきりにさせない魂胆であったが、当然、ミクリオは気付いた様子はなかった。己に向けられる気遣いには鈍感であったからだ。それは、当然のように自分を慈しんでくれる存在があったせいかもしれない。あたたかい陽だまりの中で育った彼に沈んだ雰囲気は似合わないのに、整った横顔の儚げな表情は、まるで生まれた時から彼が持っていたもののように、彼を美しく彩っていた。彼を綺麗だと思いはしても、やはり整った顔に構いもせず百面相を浮かべていた、ころころと表情の動く彼の方が好ましい。
 ザビーダに世話になるつもりはない、と言い切っていたミクリオは、では食事を当番制にしようと提案したが、ザビーダはそれだけは自分の仕事だと適当な口八丁で丸め込み、結果、再び旅を始めるまでそのルールは続けられた。食糧は一週間に一度、セキレイの羽が届けてくれる。情勢や彼らの仕事量によっては後回しにされることもあったが、食べるものが尽きたからといって飢えるわけではない。朝食は毎朝顔を合わせる為の口実である。今日は侘しい朝食だぜ、と軽口の話題になりこそすれ、深刻な問題にはならなかった。
 頭はいいくせに言葉の側面を穿つように探ることを知らないミクリオは、ザビーダの小さな思惑が散りばめられた二人きりの生活にも、特に疑問を抱くことはなかった。ザビーダの作った朝食を二人揃って摂り、ザビーダは洗濯や部屋の掃除、昼寝をしたり気まぐれに読書をしたりと一日を潰した。時折、暇にかまけてに手の込んだ料理の仕込みをしたりもした。ミクリオは基本、部屋に閉じこもりっぱなしだ。机に向かって、旅の中で書き留めたメモを広げているようだが、執筆をしている様子はなかった。ザビーダは過度に干渉せず、普段は素っ気ない様子を保っているが、ミクリオの部屋から漂う不穏な空気を敏感に察すると、そっと彼の部屋に入り込んで、ミクリオを遠くから見つめていたり、隣りに寄り添ったりした。そもそも、この屋敷に鍵は存在しない。扉には豪勢な鍵穴はあるものの、肝心の鍵は紛失してしまったようだ。ミクリオは、気位の高そうな雰囲気を持っているくせに、自分のことには無頓着だ。勝手に部屋に入ったところで、ミクリオから文句が飛んできたことはなかった。きっと、断りなく部屋に居座る人物がいたせいで、そういうものだと勘違いしているようなのだ。長い時間を共に過ごしたと言っても、共に暮らすとなるとまた別物だ。ミクリオが他人との暮らしに息苦しさを感じるかもしれない、居心地の悪さを抱くかもしれない、といった杞憂は、全く以て必要なかったようだ。彼は、時に無遠慮に自分のテリトリーに入る存在を、まるで当然のことのように許容していた。隣りに誰かのぬくもりがあるということに、あまりに慣れ過ぎていた。

 彼のことを思い出したのか、ミクリオの空気が重く沈んだ時、ザビーダは何も言わずに傍に寄り添った。彼がミクリオの隣りに居た頃は、まばたきの度に表情を変えるような、そんな錯覚をしてしまいそうな程ころころと浮かべる表情が変化していたミクリオだったが、今ではその影もない。五人で旅をしていた頃も彼なりに気を遣っていたようで、一人きりの時の彼の横顔は、まるで出来の良い人形のようだった。表情がすとんとそぎ落とされたミクリオの姿を見るだけで、ザビーダの心は痛んだ。
 ミクリオの部屋にはバルコニーもあり、夜ともなれば星空を存分に眺めることができた。いつの間にそんな癖がついてしまったのか、星が瞬き始める頃になると、ミクリオはバルコニーの椅子に腰掛けて、一晩中星を眺めている。荒涼としたアイフリードの狩り場は、日中は過ごしやすい気候だが、夜はめっきり冷え込む。人間であったらすぐに風邪をひいていただろうが、天族であるミクリオには無縁のものだ。肌寒いと思うことはあっても、体調を崩すようなことはない。

 星空に何を思い出しているのか、ザビーダは知らない。星空の下で旅立ちたいんだ、と言ったスレイの横顔をふと思い出して、なんとなく感傷を抱く。ザビーダは、ミクリオのように彼を四六時中想って待つことができない。きっとそのうち戻ってくる。既に長い時間を生きたザビーダにとって、時の経過など取るに足らない問題だ。だから、気付いたらいつの間にやら戻ってきた、と言うだろう、言ってしまうだろう。それを、ミクリオは薄情だと思うだろうか。羨ましいと言うかもしれない。そんな風に僕もなりたい、なんて言われても、ちっとも嬉しくはないのだけれど。
 ロゼたちの前では極力笑っていようと気を張っていたのか、もう本当に疲れてしまったのか、彼は夜空を見上げながら、無表情のまま時折ぽろぽろと涙を流していた。ザビーダはそんなミクリオに何も言わずに、時には向かい合って、時には隣りの椅子で夜を過ごした。彼はザビーダの存在に気付いているのかすら分からなかったが、ザビーダが彼の隣りに寄り添っても、ロゼたちに見せていた無理矢理の笑顔を浮かべることはなかった。ザビーダにだけは取り繕わなくて済む。そんなことをミクリオが思っていたかは分からないが、少しだけ、本当に少しだけ、ザビーダの心を慰めた。
 次第に距離は縮まり、彼の椅子に己のそれを寄せて、頭を抱きながらまどろんだ夜もあった。肩を寄せ合うにも、身をもたれかからせるにしても、一人掛けの椅子は不便だった。ロゼに無理を言って、三人は優に腰掛けられるような大きなソファを注文した。この屋敷の景観に合わない!と彼女は文句を言いながらも搬送してくれた。彼女の言う通り、現代風なデザインのソファは全くこのバルコニーには不似合いだったが、ミクリオは夜になるとそこに座り、ザビーダはその隣りに寄り添った。そこに会話はなかった。彼は隣りにある温もりに何を思ったのか。君じゃない、といつ言われるだろうか、とザビーダが思っていたことなど知らないだろう。

 そうやって過ごした夜が何日かあった後、ミクリオは徐々に執筆の作業を進めているようだった。彼なりにゆっくりゆっくり、スレイがいない日常に整理をつけ始めているようだった。表情が少しずつ、明るさを取り戻していた。それでも、夜空を見上げれば涙を流す日もあった。ザビーダは、そういう日もそうでない日も、変わらずミクリオの隣りにあった。ミクリオもまた、ザビーダに甘えることを覚えた。二人揃って朝食を摂るように、いつの間にはルールになっていた夜の静寂は、その日初めて、ミクリオによって破られた。
「髪、伸びたよね」
 そう言って、ミクリオは自分の前髪をつまんでいた。旅をしていた頃は行儀よく切り揃えられていた髪も、毛先が肩につこうとしていた。今日は穏やかに夜空を眺めていられる日のようで、ミクリオの表情も柔らかかった。
「…そうだな」
「はさみってあるかな?明日、適当に切っちゃうから」
「切るのか?」
「?うん」
「髪型にこだわりがある、とか?」
「別にないよ。ただ、くせっ毛だから、慣れた長さの方が楽なんだ」
 自分の容姿に興味のないミクリオは素っ気ないものだ。ザビーダはそんなミクリオの指ごと、彼の髪を掴んだ。
「この際、伸ばしてみたら?折角きれいな色してんだし」
「でも、」
「俺がちゃーんと手入れしてやるから。な?」
「どうして君が僕の髪にまで世話するんだい?」
 ミクリオは心底不思議そうに、いつもは夜空ばかり映している瞳でザビーダを見る。どんなに近くで寄り添っても、見向きもしなかったその眸に、思わずザビーダの手にも力が入る。スレイを思って、スレイとの思い出を投影させて夜空を見上げていたその眸が、ザビーダだけを見ているのだ。平静を装ってはいるものの、動揺するなというのが無理な話だ。ただ、妙なところで気にしない性格の彼は、こんなにも近い距離にいるザビーダにも、ザビーダに手を握られていることも、己の手越しに髪に触れられているといことも、大したことではないのだ。きっと、こうして、まるで自分の顔をさするように撫でる、誰かの手をがあったせいだろう。
「んー、秘密」
「なんだよ、それ」
「いいじゃん、いいじゃん。なら、こうしようぜ。俺の為に、髪、伸ばしてくれよ」
「君の為に?」
「おうさ、俺の為」
 何が面白かったのか、ミクリオはくすくすと笑い声を漏らしている。こんなこと、本当は言うつもりはなかったのだ。スレイの為に生きようとしている彼を支えながら、徐々にミクリオ自身の為生きる道も示せたら、そう思っていたはずなのだ。それなのに、ミクリオが自分を見るからいけない。その眸はまだ、スレイだけを思って綺麗に輝くものだと思っていたのに、あのアメシストが己を映すから、少しばかり舞い上がってしまったのだ。大人の余裕で包んでやるつもりだったのに、そんなちっぽけな見栄を見透かされたのだろうか。残念ながら、ミクリオにそんな腹芸はできない。ただただ単純に、彼の感情を刺激する何かがあっただけだろう。可愛いんだけどなー、色気とかからは程遠いなあ、とザビーダが思っていることなどミクリオは思いもよらないだろう。ザビーダが何を思ってこの言葉を告げたのかも、きっと彼は分からない。下心があることすら気付かない。そういう幼さをひっくるめて、ザビーダは彼を好きになったのだ。

「いいよ」
「へ?」
「だから、髪のこと。君が言い出したんだろ?まさか冗談だったのかい?」
「いんや、本気、超本気」
「その代わり、ちゃんと手入れしてくれよ。こまめに切り揃えないといけないんだろ?」
「そこはもう、ザビーダ兄さんに任せてよ」

 どん、と軽く胸をたたいて見せれば、うん、と小さく頷いて、ミクリオは瞼を下ろした。この日、ミクリオはそれ以上夜空を見上げることもなく、穏やかに眠りについたのだった。

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