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TOZです。
4の続きです。
もうそろそろゴールが見えてるかな?ってところです。
この話を合わせて、あと3話です。
この辺りからザビーダ×ミクリオになってくるはずです。
わたしの予定では。


もう捏造しかない状態です。
ロゼもアリーシャも既婚者です。
アリーシャに至っては子どもまでいます。
という設定だけはあります。








 特に用があったわけではなかったが、アリーシャの勧めにより、ミクリオとザビーダはロゼたちを待つこととなった。聖堂で寝泊りをするつもりだったが、是非とも客として招待をしたい、ということで、アリーシャの屋敷の客室を二部屋、貸してもらえることになった。末端とは言え王族であるディフダ邸の屋敷は広大で、二部屋程度貸し出したところで全く問題はなかった。有難いことに食事も手配され、都合が合えばアリーシャと共にすることもあった。夫である元ローランスの騎士は、今ではハイランドの騎士として王宮に勤めている。当初は姿の見えない天族への戸惑いがあったが、流石セルゲイの部下とでも言うべきか、彼はあっさりと天族の存在を受け入れており、彼らと同様の畏敬を持ってミクリオたちに接してくれている。アリーシャの屋敷の蔵書はミクリオを満足させるに十分で、朝晩関係なくそこに詰めている。特に古文書や遺跡関係の書籍が多く、アリーシャが使用人たちに手配をしてくれているようで、空中で浮く本の存在に悲鳴を上げられずにすんでいる。

 今は休暇中なのか、アリーシャは頻繁にミクリオたちをティータイムに誘った。ザビーダのよく回る口はこういう時は便利で、世間話も堅い話になりがちなアリーシャとミクリオの会話に、程よく茶々を入れた。ティータイムは常に笑いの絶えない楽しい会で、ミクリオの顔には自然、笑顔が増えた。ミクリオが、スレイ程ではないにしろ、アリーシャのことを大切に思っていることは分かっていた。ロゼに対してとは、少し違う。ミクリオにとってもアリーシャは、初めての人間の女の子なのだ。
 見慣れたメイドが、アリーシャ様そろそろ、と声をかけるまで、アリーシャは基本、二人に付き合ってくれる。彼女はそれを当然のことだと思っているようで、ザビーダとしても、彼女の心からの信心には少しばかりくすぐったい。今も、
「すみません、わたしから誘ったのに」
 と、仕方のない中座にひどく申し訳なさそうな顔をする。ザビーダとミクリオが代わる代わる気にするなと伝えても、その表情は変わらない。

「そう言えば、お二人はこれからどうなさるのですか?」
 立ち去り際、アリーシャにそう訊ねられた。本当にぽっと出てきた疑問のようで、既に彼女は腰を上げている。二人からの返事を待っている様子だが、一言二言の簡単なものだと思ったのだろう。ミクリオがザビーダの屋敷に滞在しているのは執筆作業の為だ。それも、アリーシャに渡してしまった時点で、彼らのこれからの予定はなくなってしまった。アリーシャとしては、また旅に出られるのですか?イズチに帰られるのですか?ロゼたちとの旅に戻られるのですか?その程度の回答を思っていたのだろう。ザビーダは、その答えを持たない。ミクリオはどうだろうか、とふっと彼を見やれば、何故だか苦笑を浮かべていた。それは、どういう意味だろうか。
「実はまだ決めていないんだ。ね、ザビーダ?」
「おお。まあ時間だけは無駄にたくさんあるからな」
「そういうこと」
 まるで打ち合わせしていたかのような掛け合いだったが、ザビーダはもとより、ミクリオからそんな話を振られたことはない。彼は、どうするだろう、どうしたいのだろう。アリーシャは二人の間の会話に特に不審に思わなかったようで、そうですか、ずっと居てくださっても構いませんよ、と、少女と呼ぶ歳ではなくなっても、当時と変わらずあどけなく笑って、ぴんと美しく伸びた背筋で退席して行ったのだった。


 その日の夜のことだ。眠くはないが、ここ数年、人間らしいリズムが染みついてしまったザビーダは、ベッドに寝転がっていた。コンコンと控えめにノックする音に、誰だと思いはしたが、特に気にせずにどーぞ、と声を返していた。
「君は相手も確認せずに、入室を許可するのかい?」
 と、小言と共に扉を開けたのは、ミクリオだった。共に暮らしていても、ザビーダがミクリオの部屋に行くことはあっても、その逆は一度もなかった。思わず驚いて、身体を起こしながら、どうした?と呟いていた。
「ちょっとね、」
 歯切れ悪い返事だったが、ザビーダはそれ以上理由を問わなかった。今までもそうだ。ミクリオの表情を読むことばかりがうまくなった数年だった。訊かないでくれ、と、追及されることに戸惑うミクリオのその表情を、ザビーダは見なかったふりをして、ぽんぽんと自分の隣りを叩いた。ベッドの上に誘うのは何となく後ろめたいところがあったが、立ち上がって椅子にエスコートするのもザビーダらしくはない。ミクリオは素直にザビーダに従って、ザビーダの隣りにちょこんと腰掛けた。彼の重みで軋んだベッドの音が、やけに大きく響いた。
「なんだ、寂しくなっちまったのか?俺様なら、いつでも添い寝してやるぜ?」
 茶化すように言えば、きっと子ども扱いするなよ!と、ぷんすか怒って自分の部屋に戻ると思ったのだ。彼は色白だから、すぐに顔が赤くなる。その様が可愛いと思うし、もっと早く成長してくれ、と願わないわけでもない。彼はまだ幼い天族だ。人間のように生き急ぐ必要はない。ゆっくりゆっくり、たくさんの感情を知って、たくさんの醜くて見っともなくて惨めな様々な感情を知っていけばいい。
 それなのに、ミクリオは、ザビーダの軽口に顔を俯けて、
「うん、」
 と、ザビーダにしか聞こえない声で、そう頷いた。それから、ゆっくりザビーダを見上げて、
「一緒に寝たいんだけど、駄目かな?」
 と、その透明な眸をザビーダに向けた。宝石のように澄んだ眸で、ザビーダだけを見上げている。彼は、何も知らない。ザビーダが彼に向ける感情も、愛にはたくさんの種類があることも、その愛が、時には誰かを傷付けることも。彼にとって、愛とは尊いもので、唯一のもので。そんな彼が一番に愛しているのは、スレイただ一人なのだ。不毛だと、ザビーダ自身思う。ミクリオが、ではない。己がだ。子どもに恋をしている己は滑稽だ。それでも、彼を想う気持ちは止められそうになかった。
「お前が美女だったら、俺様も色々サービスしたんだけどなあ」
 仕方なく、と言った様子でそう口を叩けば、すぐ近くで布団にもぐり込んだミクリオの笑い声が漏れた。ごそごそと動いているのは、自分なりに眠りやすい体勢を見つけようとしているからだろう。
「悪かったね、サービスし甲斐のない男が隣りにいて」
 お前が望めば、どんだけでもサービスしてやるさ、とは流石に言えず、さっさと寝ろよミク坊、と、こちらに向けられている旋毛を撫でながら、これぐらいは許されるだろう、と、ばれないように唇を落とした。だからお互いにどんな表情を浮かべていたかなど、互いに分からなかったのだった。

*

 時には月単位で戻らないこともあるロゼたちだったが、運が良かったのか、ディフダ邸に滞在して三日で、ロゼたちはレディレイクへと戻って来た。既に屋敷の者たちもロゼには慣れているようで、テラスに用意されたカップは、ライラとエドナの分もあった。ただ、折角用意してもらったものの、この場にライラとエドナの姿はない。彼女たちは必ず街へ戻った時はその地の加護天族に顔を出すようにしており、今の時点では別行動中だからだ。その一つはミクリオが頂戴するとして、一つは余ってしまっていた。ザビーダも、ちょいとライラたちの顔見てくるわ、とロゼと入れ違いに出て行ったからだ。後々合流することになるだろうが、この場にはロゼとアリーシャ、ミクリオの三人しかいない。
「ミクリオがここに居るってことは、本はもう書き終わったってこと?」
「本じゃないよ。ただの旅の記録だってば」
「えー、そうなの?出版する気満々なんだけど。天族が記した導師スレイの軌跡って売り出せば、がっぽがっぽってね」
「ロゼ!ミクリオ様の著書をそのように表現するのは失礼でしょう?!」
「嘘に決まってるじゃん。相変わらずいい子ちゃんなんだから」
 この二人は歳をとっても相変わらずのようで、ロゼが分かりやすいからかいをして、それに反発するアリーシャというのは、ミクリオにしてみれば新鮮だった。ミクリオにとってアリーシャは笑顔の印象が強いが、ロゼと一緒に居る彼女は、怒ったり驚いたり笑いすぎて涙をに滲ませたりと、目まぐるしく表情が動く。きっとスレイは、彼女がこんなにも感情的になることなど知らないだろうなと思うと、少しばかり自慢したくなった。
「言っとくけど、あんまり表に出せるものじゃないよ。本当に旅の記録だから。憑魔のことに触れないわけにはいかなかったし、そうすると、憑魔化した貴族の名前も出てくる。こんなものが表に出てしまえば、無用な混乱が起こる。それに、僕は隠さず全てを記しているから、色々支障もあるんだ」
「え?なにが?どうして?」
「試練の遺跡は、天遺見聞録に一切出てこなかったんだよ。意図して消されたんだと僕は思う。それなのに、僕がそれをあけっぴろげにしちゃ駄目だろう?」
「えー、つまんない。ホントつまんない!あ、アリーシャ、あんた原本もらったんだよね?ちょっと貸してくんない?大丈夫、ちゃんと返すから!」
「え、嫌だよ。だってロゼ、勝手に出版しちゃいそうなんだもん。変な煽りつけて」
「そんなことしないって!いや、出版はできればしたいけど。変な煽りはつけないって。それだけは約束する。あと、これはやばいってのは伏せるし。いっそのこと、場所は秘密にして遺跡のとこだけでもいいし。あたしがさぱらんな専門的なとこだけでピックアップしてもいいし。ね、折角ミクリオが数年かけて書き上げたものでしょ?埋もれさせとくのは勿体ないじゃん」
 長年の付き合いとなった二人だ。ロゼはアリーシャの性格を熟知しているし、アリーシャもそんなロゼのおふざけに合わせる気安さがあった。ロゼが好き勝手振る舞っているように見えるが、その実、遠慮のないロゼにアリーシャも甘えているのだ。とは言え、ロゼの口車にうまうまと乗せられて、アリーシャが陥落するのも時間の問題のように見えた。
「それは、そうだけど…」
「なに?とんでもなくつまんなかった?超出来が悪かった?」
「そんなわけない!とても分かりやすいし、何度読み返しても面白いもん!涙なくしては語れないと言うか、本当にロゼたちはすごい人たちだったんだな、と」
「…ちょっとミクリオ、あんた、何をどう脚色したわけ?」
 先程まで、アリーシャに向けられていた視線が、ミクリオを射抜く。ミクリオの主観だから多少の相違はあるかもしれないが、ミクリオとしては捏造も装飾過多にした覚えはない。自分が感じたありのままのことを、きっとスレイはこう思っていたんじゃないかな、と少しばかりスレイの目を借りて綴っただけだ。
「これといって脚色した覚えはないんだけど」
「ま、いいや。実物読めば分かることだし。だから、ね、貸して?」
 絶対嫌!とアリーシャがふいと顔をそらす。アリーシャの横顔越しに、ロゼと目が合った。ね、可愛いでしょ、とまるで自分のもののように自慢気な顔に、ミクリオは少しばかり呆れてしまった。

*

 ロゼとアリーシャの掛け合いは軽快で、ミクリオは観客の一人になったような目で、二人の会話を聞いていた。時々話を振られるものの、二人の話題は尽きず、主にロゼがアリーシャをからかい、それにアリーシャが声を上げて反論して、の繰り返しだ。ザビーダたちが戻ってくる気配はなかった。彼らは彼らで積もる話でもあるらしい。ミクリオは不自然な沈黙の後、じゃれあっているロゼたちに向かって、
「二人共、恋愛結婚だよね」
 と、ミクリオが出す話題としては、至極珍しいことに触れた。ロゼとアリーシャがミクリオの前でも自然体のままなのは、確かに付き合いの親密さもあるだろうが、なにより、異性として見ていないからだ。彼にそれを言ってしまうのは流石に忍びなく、告げたことはないが。ミクリオは、他の天族にも言えることだが、出会った当初と変わらぬ容姿だ。髪は伸びたが、それ以外の変化はない。出会った頃であったなら同世代と言えただろうし、真実そうなのだろうけれど、ミクリオの纏う空気はやはりあの頃のままだった。スレイが眠りについて、影を背負った儚げな表情もするが、正直言って情緒面での成長はこれっぽっちもなかった。それはひとえにザビーダのせいであり、彼のおかげでもあった。ミクリオの少し子どもっぽい繕わない表情に、少しだけスレイの面影を見る。ザビーダだけではない、ロゼもアリーシャも、ライラもエドナも、そんなミクリオのままで居てほしいのだ。美しいものをただ美しいと言い、隣人を愛おしいと慈しみ、理不尽には涙と怒りを、悲しみには心を砕くような、ただただ純粋で真っ直ぐな存在であり続けてほしいのだ。そこに、性差はない。ある必要がない。

「ま、一応、ね。このお姫様がちゃんと恋愛できたってのも驚きだけど」
「それはこっちの台詞。ロゼのこと気に入ってくれる人が現れて、本当に良かったよ」
「あーあー聞き飽きた!アリーシャまでエギーユたちと同じこと言わないでよ」
 ふふ、と笑うミクリオに、んで、それがどーしたわけ?とロゼは問い掛ける。彼が脈絡なく話すとは思えず、ならばこの話は何に繋がるのだろう、とロゼも首を傾げる。
「うん。君たちに相談するのはちょっと違うのかもしれないけど、君たちにしか聞けないから」
 事前に、恋愛結婚だよね、と訊ねている時点で、相談の内容も察しがつく。片割れが眠りについて早十数年。ミクリオはようやく己の気持ちに気付いたのか。というか、気付いていなかったのか。
「恋愛相談ならザビーダが得意分野なんじゃない?」
「聞けるわけないだろ」
 なんで?とは思ったものの、ザビーダの根っこは異性愛者だ。顔を合わせる度にライラを口説き、エドナを褒め称え、アリーシャに賛辞を送り、ロゼをよいしょする彼は、女性を敬うことを自然とやってのける。それが功を奏しているかは置いといて、だ。それならば、スレイという同性を好きになってしまったミクリオが躊躇うのも理解できる。
「って言っても、いつ相手に告白できるかわかんない状態で、アドバイスも何もないっていうか」
「は?どうしてだい?」
 ミクリオとロゼの会話を黙って聞いていたアリーシャが、探るようにミクリオを見る。数年前ならいざ知らず、流石にこの手の話題に赤面することはなくなったアリーシャが、もしかして、と唇だけを動かした。元々の副業柄、ロゼは読唇術をいつの間にか会得していたのだ。
「ミクリオ様。お相手はどなかたお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なに言ってんの、アリーシャ。そんなの聞くまでもないって」
「う…。やっぱり筒抜けだったか…。そんな気はしてたんだけどね…」
 ほんのりと頬を染めるミクリオをよそに、何を今更恥じらっているのだろう、とロゼは思う。彼は、本当にたくさんのことをスレイに許容していたというのに。自分だけでなく仲間ならば、誰もが知っている事実だ。彼のその魂だって、眠りについて尚、スレイのものだ。生きているものとして、これ以上捧げるものがない程に、ミクリオはスレイに全てを明け渡している。それを言い当てられた程度で恥じらうなんて、やっぱり彼はピントがズレていると思わざるを得ない。
「ロゼは少し黙ってて。ミクリオ様、相手はどなたですか?」
 言う必要があるかい?と、視線で訴えるミクリオに、アリーシャは容赦なく、ええもちろんです、と頷く。別に彼の口から聞かずとも、アリーシャも分かっているくせに。ここはいっちょ、ミクリオに助け舟でも出してやろうか、と口を開くより先に、アリーシャの視線に根負けしたミクリオが溜め息を一つ吐いて、それからぽつりと名前を呟いた。

「……ザビーダだよ」


「…ん?」
 と、思わず出てしまった声は、仕方のないものではないだろうか。だって、そんなの考えもしなかったし、思い至りもしなかったし、更に言うのであれば、最初から選択肢にも上がっていなかった。ロゼはてっきりスレイのことだと思っていたのだ。そりゃあ、恋愛相談を本人にするわけにはいかないだろう。確かに、ザビーダとミクリオは共に暮らしている。けれど、以前屋敷を訪れた際も、そんな素振りは全くなかった。二人の間に流れるのは、親しい仲間と分類されてしまうものだ。確かにザビーダは明確な意図を持って、自覚を持って、ミクリオを視線で追い髪を撫で、ミクリオを存分に甘やかしていたが、その意図に欠片も気付いている様子はなかった。それが急に何故?というのがロゼの心からの思いで、同意する仲間は多いはずだ。ザビーダだって、ロゼの言葉に頷くはずだ。だって、あんなにもスレイを想っておいて、ザビーダが好きだなんて、青天の霹靂もいいところだ。
「…ごめん、確認するけど、ザビーダって言った?スレイじゃなくって?」
 ミクリオはきょとんとした顔でロゼを見やる。ミクリオは感情がそのままストレートに表情となって表れるおかげで分かりやすいが、人の裏の表情ばかり読み取る術がうまくなってしまったロゼにとって、ミクリオの方が分かりにくいことがあった。だって、それだけじゃないでしょう?と、そんな綺麗な感情ばかりではないでしょう?と、ミクリオだけではなく、スレイにも思ったものだったが、彼らは本当に、それだけしかないのだ。だからロゼにとって、スレイだけでなくミクリオも、永遠に眩しい存在であり続けるのだろう。
「なんでそこでスレイの名前が出てくるんだ?」
「なんで、って、こっちがなんでって訊きたいぐらいなんだけど」
「ロゼ。ミクリオ様にとって、スレイは家族なんだ。だから、」
「あんだけ過保護に守っておきながら?」
「家族を守りたいと思うのは当然だろう?君だって、エギーユたちの為に無茶ばかりしてたじゃないか」
「あたしたちと、あんたたちは違うでしょ」
「違わない」
 はっきりとした声だった。ロゼが、ミクリオに好感を抱く彼の美点の一つだ。彼のはきはきとした姿勢を好ましいと思うが、きっとその0か1かの考え方が彼を追い詰めることもあるだろう。
「違わないよ、ロゼ。僕はスレイの為だったらなんでもできたし、今だってできる。僕にとってスレイは唯一の存在だ。幼馴染であり、親友であり、家族だ。ロゼもそうだろ」
 吸い込まれそうな程澄んだ眸が、ロゼを射抜く。まるでアメシストの鏡を見ているようだった。瞳に映る自分が、降参と手を上げていた。
「はいはい、分かった分かった。あんたには負けるよ。あたしはあんたたちを見くびってたのかも」
「見くびるって何を?」
「絆の強さとか、そんなとこ。でも、ザビーダは苦労すると思うよ。ミクリオが、じゃない。ザビーダが。あんたの唯一はもう決まっちゃってるわけなんだから」
「駄目なのか?」
 あんなにもはっきりと己に釘をさしておきながら、頼りなさげに視線をさ迷わせている。家族愛は知っていても、恋愛初心者の彼には難しい問題なのかもしれない。ロゼとアリーシャを交互に見つめるミクリオに、ついつい笑みが漏れた。
「駄目じゃないです」
「アリーシャ…」
「誰かを大事に思うことが、駄目なわけないです」
 わたしはミクリオ様を応援します!と、ミクリオの手を握るアリーシャの真剣さがおかしくて、ロゼはついに声を出して笑ってしまった。条件反射のように、ロゼ、からかわないで!と声が飛ぶ。からかってないよ、可愛いなって思ったんだよ。そう言ってしまうのは容易かったが、言葉にしてしまうのが勿体ないような気がして、むくれない、むくれない、といつものように彼女を宥める。とりあえず、自分の中だけでは消化しきれそうにないネタを、ライラたちに話さなくては!と謎の使命感を抱いたロゼは、ザビーダたちちょっと遅いね、あたし見てくるわ!と、二人の不思議そうな視線を物ともせず、席を外したのだった。



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