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お題は、as far as I know さんからお借りしました。

古代勇者御一行です。

メインはマーテルとユアンですが、別にユアマーというわけではない。

ファンダムはちらっとプレイしてますが、記憶が曖昧なので、ほぼ未プレイ状態です。







「あなたが理不尽だとこの世界を恨むのなら、もうこんな旅はやめましょう。どこか、そうね、人目につかない山奥でひっそりと息を殺して、世界が滅びるまでのあと僅かな時間を生きましょう」

「姉さまは、この世界が滅んでしまってもいいって言うの?」

「わたしだって、出来れば食い止めたいと思うわ。でもねミトス、あなたがひとを憎むことを戦う理由に変えてしまうのなら、そんな悲しい生き方を選ぶのなら、いっそ世界と一緒に死んでしまった方がいいわ。姉さまの我が儘だと怒ってもいい。でも、ひとを憎んでは駄目。そんな理由で力を振るっては駄目。そんな歪んだ願いでは、世界は救えないわ。救った世界が、歪んだものになってしまうわ」

「姉さまは、僕に厳しすぎるよ!」

 ミトスはそう叩きつけるように言って、そのままの勢いでドアを乱暴に開けて飛び出して行った。マーテルはミトスが階下へと下りて行く足音が聞こえなくなるまでドアをじっと見つめていたが、その音の反響がやんだ途端、目を閉じて深くため息を吐いた。マーテルの顔色は決して良くはなかった。それもそのはずで、テセアラ王国からの刺客に斬られ、先程まで深く眠りについていたのだ。幸い傷は既に治癒術で消えているが、流した血はまかなえず、軽い貧血の症状が出ている。

 部屋のすみでマーテルとミトスのやり取りを静かに眺めていたユアンとクラトスが、ゆっくりとマーテルへと近付いた。身体を起こしているマーテルのベッドサイドに寄るのはユアンで、クラトスはミトスが消えていったドアへと脇目も振らず進んでいる。まだ眠っていた方がいいとマーテルに身体を横たえるよう肩を押すユアンを軽く遮って、マーテルはクラトスの名を呼んだ。クラトスはその声、首だけをひねってマーテルを振り返ったが、マーテルからの言葉はなく、クラトスからもその先を促す声はなかった。クラトスが相手の言葉を待って黙ることはよくあることだったが、マーテルまでもが口を噤むのは珍しいことだった。マーテル自身、クラトスにかけるべき言葉が見つからず、躊躇っているかのようだった。それを助けるようにユアンが間に割って入り「ミトスを頼む」と絞り出すように告げれば、クラトスも「善処しよう」と表情の乏しい声を発してドアの先へと消えて行った。彼女の想いを含んだ言葉を選んだつもりだったが、何とかそれを補完していたようで、マーテルは弱々しいながらもほっとした笑顔をユアンに向けた。

「ごめんなさい。ミトスのこと、わたしはあなたたちに頼りすぎているわね」

「お前は姉としての責任を感じているのかもしれないが、あいつは構いたいから自分から行くのだろう。あれは興味のない奴は視界に入ったことすら気付かない奴だぞ」

 マーテルは少し笑って、「あなたたちが頼りになる仲間でよかったわ」とユアンの手を取った。もう少しおしゃべりしましょう、との言外の訴えはユアンにも通じたようで、少しだけだぞ、まだ顔色は悪いのだからな、といつも整っているマーテルの前髪をさらりと撫でて行った。

「ミトスを擁護するわけではないが、お前の言葉は厳しすぎる。私にも耳に痛い言葉だった」

「ユアンもクラトスも、もう大人だからいいのよ。ちゃんと、理想と現実の区別がつくもの、ついてしまうもの。でも、あの子はまだまだ子どもよ。醜い感情を覚えて欲しくはないの。好きなものを純粋に好きだと、理由もなく好きだと、そういうまっさらなままのあの子でいて欲しいわ。姉の我が儘だけれども。ユアン、あなたのことを同族だから好きだとか、クラトスのことを人間だけれど好きだとか、そういった余分な知恵をつけては欲しくないの。オリジンに愛されたままの、きれいなミトスでいて欲しいのよ」

 それは不可能なことだけれども。
 マーテルはそう締めくくって、ユアンににこりと微笑んだ。不可能だと、お互いに分かっている。隔離されたヘイムダールという安息の地で育った二人にとって、この世界はどれだけ醜く映っただろう。ユアンは思う。人間だとかエルフだとかハーフエルフだとか。貴族だとか平民だとか、奴隷だとか家畜だとか。そういった身分で縛られた、争いにまみれたこの世界は、彼女たちの心をどれだけ傷付けただろう。種族の違いだけではない、同族同士ですら争い続けるこの疲弊した世界で、一番に矢面に立たされるハーフエルフであるミトスに向かって、憎むな、というのはあまりに酷な言葉に感じられた。ハーフエルフだからという理由だけで剣を向けられ罵声を浴びせかけられひととしての尊厳を奪われて尚、その相手を恨んではいけないのだと言う。私には無理だな、とユアンは思う。彼女ならば、この世界の仕組みを悲しむのかもしれないが、ユアンの怒りはもっと直情で単純だ。

「ミトスは、お前のようにはなれまい」

「当然よ。わたしはわたしという一人のひとだし、ミトスもまたおんなじ。こうあって欲しい、そうあって欲しい、その想いをミトスに向けるのはわたしのエゴで、姉としての特権でもあるのでしょう?」

 ふふ、と微笑むマーテルの無邪気さは、ユアンには眩しい。決して穢すことの出来ない聖域がこの世にあるというのなら、マーテルはまさにそれだ。どれだけこの世の醜いものをその目に映そうとも、彼女の心を汚すことは出来ないだろう。無垢な少女と言うにはマーテルの外見は相応しくないかもしれないが、マーテルの笑顔にはどこか少女然とした無邪気な神聖さがあった。

「お前は、強いな」

「強くありたいと思うだけよ。わたしは口ばっかりで、結局ミトスに犠牲を強いているだけだわ」

 クラトスに剣を習い始めた時、マーテルは悲しかったのだ。これで姉さまを守れる!と息巻いていたミトスには悪いが、マーテルはやめてちょうだい、とその手に出来たマメを傷痕すら残らないように癒してあげたかった。ねえ、ミトス。ひとの命を奪うということは、とても恐ろしいことなのよ。あなたはちゃんとその恐ろしさも知っているのかしら。
 マーテルの脳裏に、血に塗れた剣を握る、空想のミトスの姿が過ぎる。そして、誰とも知らぬ者の手にかかって血塗れになるミトスの姿も。おそろしいことだわ、とマーテルの心は慄くが、ああけれども、と、空想を振り払うように首を振った。
 きっと、知っているのでしょうね。あなたに襲い掛かるかもしれない脅威も、あなたがもたらすかもしれない残酷な末路も。教えるのはクラトスだもの。恐ろしさも危険も、考えられる全ての負の要素をあなたに説いて、それでもあなたは剣を取るのでしょうね。あなたの強さは姉として誇らしいけれど、けれども思ってしまう時があるのよ。わたしの後ろで震えているだけの、かわいいだけの幼子のままであったら、と。

「だがミトスは、お前のためならば喜んで犠牲になるのだろうな」

「そうね、それはとても、悲しいことだわ」

 マーテルがそっと顔を伏せる。何か言葉をかけなければ、とユアンは必死になって言葉を探したが、結局答えが出ることはなく、さあもう休め、と先程よりも強く彼女の肩を押した。今度はマーテルもすんなりと従って、「おやすみなさい」と身体を横たえ布団を被った。

「お前が目を覚ます頃には、ミトスにも笑顔が戻っていることだろう」

「ええそうね、そうに決まっているわ」

 だってクラトスが励ましに行ったのだもの。ユアンを不安にさせないように、マーテルはそう言って笑った。ユアンも無意識に強張っていた肩の力を抜いて、ちっともズレていない布団を直している。マーテルは訪れる睡魔に身を任せながら、ふわふわとした心地の中で声を発した。もしかしたら、ユアンには届いていなかったかもしれない。ただ、それはほとんど独り言であったし、ユアンに聞こえていたとしても、彼を困らせることにしかならないことは分かっていたマーテルは、結局この言葉をユアンに聞こえていたのか否か、その真相を知らない。彼を困らせたくない、と思う反面、困らせた時の顔が可愛いからそれもいいかもしれない、と思う相反した気持ちがあった。

「それでも、その役割は、わたしであって欲しかったわ」





***
まだ序盤辺り。まだミトスは人を殺したことがありません。斬った、ぐらいはあるかも。
私的マーテルさんは、基本神様みたいな人なんだけど、世間知らずというわけではなくって、ちゃんとこの世界の醜さも分かってる人。
マーテルさんとユアン様の触れ合いに躊躇いがないのは、ハーフエルフがそういう種族だからです。いつかその辺りのことも触れたいと思いますが、ここでは割愛。
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