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左近と幸村のひどい話。
三成との話の後、です。 うちの幸村は、どうやら孫市と左近に対していっそう辛辣になるようです(…) 相手に気付いたのは、幸村の方が先だった。名前を思い出すよりも、ああ逃げなければ、と脳裏を過ぎった。人の流れに逆らわぬように、幸村は集団から抜けていく。そうすれば、彼は己と僅かにでも空間を共有していたことなど、知りもしないはずだ。けれども、勘が鋭いのか、運が良いのか悪いのか。相手は何を思ったのか、誰かに呼ばれたのか空耳を聞き取ったのか、人の流れに逆らって、振り返ったのだ。 さこんどの、 呼び戻された記憶の中で、己がそう彼の名を呼んでいた。 目が、合ってしまった。幸村の勘違いではない。彼はひどく驚いた顔をして、お前、どうして、と唇を動かしていた。幸村は溜め息をこっそりと吐き出して、彼の傍へと寄った。 左近は、数年も音信を絶っていた幸村に対して、つい先日も会ったような気安い態度を貫いていた。幸村も適当に合わせながら、ちらりと左近の顔を覗き見る。変装用だろうか、眼鏡をしている様が、どうにも見慣れない。正直、似合わないな、と幸村は思った。身なりにさり気なく気を配っている左近にしては、迂闊な選択であったといえよう。それとも、そう思うのは幸村ばかりで、これは一般の意見としては、似合っている、の部類に入るのかもしれない。眼鏡は、誰の目にも正しく賢い人間が、それを証明する為に使用する小道具だ。そう間違った認識をしている幸村だ。確かに彼は優秀であったけれど、実直と言うよりは狡猾であり、賢いと言う言葉にも、最初に “ずる” を入れなければ相応しくないように思われた。 左近に誘われるがままに、幸村はとある喫茶店へと足を踏み入れた。愛想よく接客をする店員に、負けじと愛想よく注文を頼む左近を、どこか奇異なものを見る目で眺めていた。 「ここのコーヒーはうまいぞ。」 そう言って、まずはブラックで一口。幸村はどうしてもコーヒーの苦味に舌が馴染めず、大量のミルクと砂糖を最初に投入した。今度は、左近が奇異なものを見る目で、糖分が多量に沈殿したコーヒーを眺めていた。昔から、左近と幸村の食の好みは正反対なのだ。 「好きなもん食いたかったら頼んでいいぞ。それぐらいは奢る。」 「それも “経費” ですか?」 「ポケットマネーに決まってるだろ。」 「でも結局、あなたのお給金は市民の血税で賄われているわけですから、ご遠慮しますよ。」 この一杯を飲んだら失礼します、と幸村は既にコーヒーの風味を失った液体を流し込んだ。左近も決して、それ以上は食い下がろうとはしなかった。 (しばし沈黙) 「家を出たってな。一人でふらふらしてるのか?」 「派遣社員のような形で、どうにか仕事してますよ。」 「ったく、何年経ってもお前の可愛げのなさは変わらないな。」 「左近さんは、老けました?」 (再び沈黙) 「武田の人間とはまだ付き合いがあるのか?」 「いいえ、解体してからこちら、全くお会いしていません。」 「まあ、曲者揃いの面々だ、今も元気にやってるだろうが、」 「でしたら尚のこと、左近さんは背後から刺されないように気をつけなければいけませんね。」 (更に沈黙) 「この前は、殿が世話になったな。」 「金輪際、面倒ごとに関わるのは御免です。特に、あなた方のようなお人とのお付き合いは。」 「戻る気はないか?」 「どこにです?」 「家にも、こちらの世界にも。」 「上手に足を洗った左近さんだからこそ、そんなことが言えるんです。わたしにはこちら側が似合ってますよ。」 「殿もお前を気に入っていた。お前が望めば、いつだってこちらは迎え入れることができる。いつまでそっちにいるつもりだ?お前の居場所は、結局こちら側だろう。それはお前が一番分かってることだ。いつかは、否が応でも連れ戻されるぞ。なあ、の―――、」 幸村が置いたカップが、乱暴に机に叩きつけられた。甲高い音は左近の語尾を消した。一滴残らず飲み干された幸村のカップには、溶けきれなった砂糖が置き去りにされていた。そうやって人の記憶も捨てていくことができたらどんなに楽だろう。幸村は一人自嘲した。 「ではわたしは帰ります。やっぱり左近さんのおすすめだけあって、たかがコーヒーのくせにお高いですね。」 幸村は伝票を眺めそうこぼす。テーブルの上に一人分のお代を置き、幸村は立ち上がった。そもそも、長居する気はないのだ。偶然にも数年来の再会を果たし、魔が差したように彼の誘いを受け入れただけだ。幸村はひやりとした目で左近を見下ろした。ぬるま湯に浸かっているような、リアルを感じさせない生易しさに酔っている彼が、ひどく憐れに見えた。 「一つだけ、あなたに感謝しなければいけませんね。兼続さんに言わないでくれて、ありがとうございます。」 幸村はそれだけを言い残し、振り返ることなくその場を後にした。喉には未だ、甘ったるいコーヒーに模した液体の残り香が纏わりついていた。 *** 左近は三成の秘書的な何か(ぶっちゃけ決まってません) 左近が三成のこと、どう呼んでるのか考えてみましたが、やっぱり『殿』しかない気がするんですよねー。『リーダー』って呼び方も好きですけど。 ちなみに、武田時代は左近のことを、左近どの、と呼んでました。いつかは活かすぞ無駄設定(字余り) PR |
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