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普と日の話です。

色々歴史的にきわどいところの話ですが、あくまで一個人の妄想・捏造・創作物だとご理解ください。

私は薄暗い話が大好きです。

要はそういう話です。

あと、太宰も好きです。そういう雰囲気です。










「では戦争は?」
ギルベルトは動揺を隠して無表情になった。菊は感情の分からない例の薄っぺらい笑みを浮かべている。答えを求めているというよりは、どこか挑戦的な眼差しだった。あなたは答えられないのですか、そんなつまらない男なのですか、一体いつからあなたはそんな平坦で真っ当でまともで面白味の欠片もない男になってしまったのですか。そう言われるのはギルベルトのプライドが許さなかったし、彼に軽んじられるのは真っ平ごめんだった。なにより、二人の間に生温い同情は存在しなかったし、互いがそれを望まなかった。

「トラジディ(悲劇)だろう」
極めて素っ気無く吐き出された言葉に、菊は少しだけ笑みを深めた。けれどもそれすら笑顔とは言いがたく、ただ顔の筋肉が僅かに収縮しただけのようには感じられた。ギルベルトがその笑みを受けて、不愉快そうに顔を顰める。ギルベルトは、この男の悲観主義が、彼のその曖昧な表情こそを美徳としている所が好きではなかった。被害者とは言い切れぬものの、負った傷が痛いのならばそれらしく振る舞えば良いものを、彼の表情は白々しい程にいつも通りだった。彼が動く度に裾から覘く、いっそう喜劇染みた真白い包帯だけが、彼の表情の嘘を物語っている。心底嫌な男だと、ギルベルトは思う。

「コメディ(喜劇)ですよ、コメ。わたしにとっても、もちろん、あなたにとっても」




『 哀 歌 』




二人が出会ってからこちら、何かと討論し合うことが多かった。互いに知識欲は旺盛だったし、菊がギルベルトとの時間を持つの理由もそこにあったからだ。勉学の為に渡海した菊だったが、話題は常に多岐に渡った。時勢に政、戦略や軍の編成といった真面目なジャンルもあれば、流行の作家や芸能関係、娯楽への関心も高かった。菊は元より、ギルベルトも他国のあれこれに興味を持っていたようで、菊の祖国に対する知識も深かった。専門的と表現すれば多少はマシにはなるものの、二人の間で交わされる議論はどう見てもマニアックとしか言いようのないものばかりだった。妙なところが偏執狂な辺り、多少は気が合ったのだろうが、その議論の結果のほとんどが平行線を辿っていた。同じ見識を持つことの方が稀だったのだ。国や文化の違いと言ってしまえばそれまでだが、なによりも二人を隔てていたのは人間性の違いではないだろうか。ギルベルトは特筆して悲観主義でも楽天家でもなかったが、ロマンチシズムを語るには些か現実主義過ぎるきらいがあった。反面菊は現実を美化し過ぎる傾向であったから、ギルベルトのように非現実な感情を一蹴することはなかったが、彼は世にも稀に見る悲観主義であった。否や、悲観主義と言うには卑屈に過ぎる。彼は兎角、人の好意を信じることができない男だったので、悲劇を喜劇と間違えているかのように、嘆いているのだか笑っているのだか分からない歪な表情を浮かべるばかりだった。

日本文化にも詳しいギルベルトと、活字中毒者でもある菊は、時折、その書物で見た遊戯を模倣することがあった。けれども、有名な台詞を模倣することは、一度もなかった。互いが互い共、そこまで夢見がちではなかったし、又、詩的な表現とは遠いところに存在していたからだろう。彼らがその双眸で眺めている世界は、時に灰色のくすんだ空を連想させるものだからだ。

「じゃがいもは?」
「コメディ(喜劇)でしょう。まぁそもそも、食材はこういった遊びに適しませんよ」
「なら米は?」
「…ごはんはコメディ、米はトラジディ(悲劇)です」
「…日本文化だな」
「ええ日本文化です」

今回のこの遊びも、そういった類のものだった。独断と偏見で、単語を悲劇(トラジディ)と喜劇(コメディ)に分けるといった、ただそれだけの遊戯だ。ギルベルトはこれ以上の無意味でくだらない言葉遊びもないだろうと思っているし、菊は菊でこのくだらなさを楽しんでいるようだった。彼の卑屈さを重々知っているギルベルトだったが、この頃頓にその傾向が強くなったように感じられた。原因は分かってはいるのだけれど、それを指摘してやるには少々憚られる事情があった。忘れてはいけないという善良染みたありきたりな教訓と、早く忘れてしまいたいいっそのことなかったことにしてしまいたい、という無神経な側面が、それにはあった。特に、彼の周囲を固める“友人たち”はまるで腫れ物に触るように菊に接しているように感じられて、ギルベルトはどうにもあの空気に馴染むことができない。この男が大怪我を負ったのは、誰のせいでもなく、この男が愚かで頑固な馬鹿な男だったからに他ならない、のに。

「お酒は?」
「アルコールはトラ、ワインもブランデーも酒は全部コメだ」
「それはどうでしょうか。アルコールもコメディだと思います」
「その心は」
「さあ、“呑まなきゃやってられないから”じゃないでしょうか?」


一瞬の空白。頭の回転の良い二人は、会話の最中が中途半端に途切れる、ということは滅多になかった。ギルベルトが菊の様子を伺う。菊は素知らぬ顔をして、再び口を開いた。


「では、戦争は?」
菊は感情の分からない仮面を貼り付けたような顔のまま、頬の筋肉を一切動かすことなく訊ねた。ギルベルトは己の顔が不愉快に歪んだことを自覚したが、険しくなったギルベルトの表情に気付いていながら、菊は全く動じなかった。ギルベルトの表情が軋むのを菊も見越していたのだろう。それが分かる程度に、二人の付き合いは長い。菊はギルベルトが出会った頃と変わらぬ、出来の悪い能面を貼り付けたような表情のままだった。

「戦争は?敗戦国は?負け戦、特攻、玉砕、捨て駒、自決、」

単語を連ねる菊の表情は動かない。訪れた当初は痛々しく見えた清潔な包帯が、今では白々しく思えた。彼は本当に、その身に負けが刻まれているのか。ギルベルトは彼が満身創痍であることを知っている。彼の左膝から足首にかけての部位は有害物質に侵されていて、抜け切るには何十年の年月がかかることも、今だって引き摺るように歩いていることも、もちろん知識として知っている。ああ、それはきっとこの男も同様だろう。それにしては、懲りない男だ。当事者であるくせして、彼は己自身すら喜劇役者の一人だと錯覚している節があって、己の体験ですら一つの劇として眺めているところがどこかにあった。全くもって、現実が見えていないのだ。

「トラジディだろう。こればっかりは」
「コメディですよ、コメ。あなたらしくない、なんとも平凡な回答ですね。模範解答がほしいわけじゃないことぐらい、あなただって分かっているでしょうに。コメ、コメディです、こればっかりは譲れません。わたしにとっても、もちろん、あなたにとっても」

菊は饒舌だった。彼は己の内面を語るのが不得意であったが、知ったかぶりの言葉を駆使して、彼にしてはよく口が回っていた。
「お前、酔ってるだろ。そろそろ自分がじじいだってこと、自覚しろ」
「ふふ、そうかもしれません。年は取りたくないものです、耄碌したものです、嫌になりますね、ほんとう、」
「おい、」
「だって酔わなきゃ天と地が引っ繰り返って見えるんですもの」






***
話の中のお遊びは『人間失格』から。
いずれは書きたいなあと思ってたもの、ですけど、暗いなあ。
あくまで色々ファンタジーですので!!

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