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完璧に見切り発車なんで、着地点が分からん。
原作に沿って書くつもりなんて、ホントなかったのになあ。
多分、単行本に追いつきそうになったらストップするか、単行本出る前に終わらせると思います。新しい情報が出る前に出さないと、矛盾する可能性が高いんで。









 山の中腹で夕焼けを見た。空を赤く染めて、夜を連れて来る。まだらに深い藍が広がって、徐々に闇へと落ちて行く。鬼が動き出す。

「見た目は美しい女だそうだ。柔らかく微笑みながら、踊るように人を殺すのだと。その背には蝶の羽が生えており、おそらくその鱗粉が血鬼術の媒体だ。死に至るような毒ではなく、神経に作用して、異常な興奮もしくは酩酊状態になる、個人差はあるらしいがな。贅沢な悪食で、見目の良い者しか喰わんそうだ。この情報は、鬼に見逃されるなどという失態をやらかした、腑抜け野郎からの情報だ。」

 伊黒はそこでようやく足を止めた。町から出、山の中を走り回っていたが、伊黒はもちろん、義勇も息切れ一つしていない。

「鱗粉は吸うなよ。面倒見きれん。」

 伊黒は義勇を一瞥し、刀を抜いた。鬼の気配が濃い。山の中には鬼の気配が充満していた。だが、濃度は薄い。いや、薄いというのは、上弦の鬼に遭遇した義勇の主観でしかない。あの腐臭にも似た吐き気を催す濃密な血のにおい。どれほど人を喰ったのだろう。想像するだけで、怒りに背筋が震える。悔しい悔しい悔しい!
 義勇は己の中にある激情を、刀を抜くことで振り払った。感情に身を任せても、強くはなれない。義勇は怒りを力に変えるような、正しい生き方はできない、優しい生き方はできない。冷静に、いっそ冷徹と言われる程まで、感情を押し留めて息を整えて、もう一人の自分を眺めるように、己を閉じ込めてすり潰して、ころして、そうやって強くなるしかないのだ。そういう方法でしか、強くなれなかったのだ。

「おい、そいつは弱い故に貴様の餌になろうとしているが、そんな軟弱者でも一応は仲間だ。今すぐその手を放せば、一撃で殺してやる。」

 二人の視線の先には、鬼が佇んでいた。鬼の手が男の隊士の髪を鷲掴み、身体を持ち上げていた。意識はあるようだが、鬼の毒に侵されているようで、荒い息を吐いていた。見た目は女の細腕なのだが、腕一本で軽々と大の男を振り回している。

「ふふ、ひどいことを言うのね、あなた。でも、口と鼻を塞いでも無駄よ、あたしの毒は肌からも侵蝕するの。さあ、お姉さんと遊びましょうか?」

 そう言って、手にしている隊士を投げつけようとしている。流石にそれでは死んでしまう、と伊黒が気を引いている隙に、義勇が鬼の腕を斬り付けた。拘束から逃れたところを義勇が腕を引いて後ずさり、鬼の間合いから遠いところで木に寄りかからせるように座らせた。見たところ外傷はない。無事か?と聞いてはみたものの、荒い息を吐くばかりで会話は難しそうだ。階級は丁と聞いていたから、あとは呼吸で回復するだろう、と義勇も伊黒と共に刀を構えた。
 鬼はにたりと笑って、ひどい、ひどいわあ、ふふ、ふふふ、と手をひらりひらりと振った。その動きに合わせて、見た目だけはきらきらと輝く鱗粉が舞う。義勇達が風下であるが、問題ない、ちらりと伊黒が義勇を見、お前が片付けろと目配せをする。言われるだろうと思っていたので、義勇もため息を一つ吐いて、技の風圧で鱗粉を吹き飛ばした。

「あらあら、いやだわ。つまらない、つまらなーい。」

 鬼は謳うように言葉を囁き、いっそう甘やかに笑みを作った。その微笑一つで人の動きが奪う蠱惑的なものだったが、伊黒は「おい冨岡、少しはあの鬼を見習って表情を動かしてみてはどうなんだ。鬼の方が人らしいとは、まったく滑稽じゃないかね。」と皮肉をちくり。義勇は義勇で「気持ちの悪い笑い方だから嫌だ。」とぴしゃりとはねのけた。報告では、この世のものとも思えない美貌で、蝶の精のようで見蕩れてしまったと言う者もいたそうだが、蝶の羽を模した羽織を翻し、舞うように戦う胡蝶の方が蝶の精っぽいな、と義勇は思った。胡蝶と比べてしまうと、この鬼は蝶というよりは蛾だろう。残念ながら生物学上では、蝶も蛾も一緒くたにされているが。流石にそれを口外しない程度のわきまえは、義勇にもある。

「あんた達なんなのよ!あたしにひれ伏しなさい!崇めなさいよ!」
「無理だな。」
「お子様ね、あたしの魅力が分からないなんて!」
「は?魅力、魅力と言ったかね?魅力的というのはな、甘露寺のような者に使う言葉だ。言語能力すら劣化したか。鬼の分際で人様の言葉を使うなんぞ、烏滸がましい。」
「そうだな、甘露寺の方が何倍も可愛い。」
 貴様は黙っていろ、ともうどの方向に敵意を向けているのか分からない毒を吐いて、伊黒は一瞬の内に鬼の頚を斬った。鬼はその剣筋すら見えなかったに違いない。まったく、わざわざ柱を派遣する鬼ではなかったではないか、怠慢だ、怠慢。隊士の質も落ちているが、隠の諜報能力も落ちている、嘆かわしいことだ、と一頻り文句を吐き捨てて、刀を納めた。彼の場合、文句を言うまでが一つの流れであるから、仕方のないことかもしれない。

 先程までは呼吸をするだけで精いっぱいだった隊士も多少回復したようで、木にもたれ掛ってはいたものの立ち上がっていた。鬼は消えたが、身体中に回っている毒はまだ残っているらしい。胡蝶が解毒に成功しているそうだが、解毒剤の大量生産は難しく、持参していない。時間が経てば治りますよ、と言っていた胡蝶の言葉を伝えようと、義勇は隊士に近寄り、伏せている顔を覗き込んだ、その時だった。突如両の二の腕を掴まれて、先まで背もたれに使われていた木に、今度は義勇の背が押しつけられた。強い力で叩きつけられたが、一つ息を吐けば、呼吸が乱れることはなかった。

「おい、どうした、」
「、冨岡さん、ですね?」
「?そうだが、」

 二の腕からは手が外されたが、左手首を痛い程に握り締められている。上弦の鬼と戦い負傷した部分だけに、義勇も不快さにぴくりと眉を寄せた。相手は、空いている手をふらふらと持ち上げて、義勇の襟元へと手を置いた。かと思えば、勢いよく引っ張られた。丁ともなれば常中の呼吸も習得しており、腕力は一般人のそれとは大きく異なる。隠の縫製係が丁寧に仕上げた隊服は無残にも破れ、その下のシャツもろとも、釦が四方八方へと飛んで行った。義勇の、控えめという表現ですら誇張ではないかと言われてしまう、さらしを巻いた胸元が、強引に開かれた合わせから覗いており、月夜の下に露わになった。視界に入った伊黒も、目を見開いてこちらを見ている。

「冨岡さん、」

 と、もう一度、今度はどこか恍惚とした表情で呼ばれ、思わず首筋に鳥肌が走る。それは無意識の拒絶だったが、義勇が気付くはずもなかったが。生理反応として僅かに身震いしてしまったのを、どう受け取られたのか、胸元と共に露わになった首筋へと、そっと手を添えられた。指先が首の動脈を辿り、触れるその前に、―――義勇は切れた。

「とち狂うのも大概にしろ。」

 言い終わる前に、拘束されていない右手を握り締め、拳を横っ面に叩き込む。手が緩んだところで、ふくらはぎを蹴り飛ばし、足元への急な衝撃で膝をついたところへ、思い切り足を振り上げ踵落としを脳天に入れた。脳震盪を起こしたのか、毒が回り過ぎたのか、この時点で既に意識はなかったが、義勇はぐらついた相手の頭を掴み膝蹴りを食らわせ―――ようとしたところで、横から腕を掴まれた。

「その辺りにしておけ。そいつ、死ぬぞ。」
 まあ自業自得だがな、と伊黒は言い捨て、義勇の腕をさっさと放した。義勇は、目の前の男へ視線を落とす。文字通りの惨状に、内心頭を抱えた。鬼との戦闘時には特に目立った外傷はなかったのだが、この一瞬の内に、頬の打撲に脛の裂傷、頭部には大きなたんこぶができていることだろう。

「・・・隊律違反だな。」

 義勇がぽつりと零した言葉に、伊黒は目を見開いて、そうして大きなため息を吐いた。呆れているのだろう。俺だって、自分の短気に呆れている。無意識に急所ばかり殴っている辺り、自分のことながらしようのない奴だと思う。

「お前がどうしてそう思ったのか俺は理解に苦しむが、どう見てもあれは正当防衛じゃないかね。まあ、いささかやり過ぎだが。こいつの馬鹿げた行動に灸をすえるには、むしろ過剰な方が丁度良い。男の風上にも置けん。お前は、もっと怒れ。どれだけポンコツなんだ。」
 もうすぐ隠も到着する。こいつの面倒は押しつけてしまえばいい。そう言って、伊黒はまじまじと義勇の姿を見た。上から下まで左右で色の違う大きな目が動いて、再び大きなため息を吐いた。
「お前が隊律違反だと思うなら勝手にしろ。報告もお前がしろ。俺は知らん、関係ない。ただし、その場合、錆兎の耳に入るだろうがな。お前が、どうやって説明するつもりだ?突然襲われて胸を掴まれましたとでも言うつもりか?」
「胸は、掴まれてない。」
「当然だ、掴む程の質量もない。」
 まあ、そうだな、と伊黒の言葉に内心頷きながら、もう一度、気絶してしまった隊士を見下ろした。個人差はあれど、興奮状態になる血鬼術に中てられたのだ。たまたま目の前にいた義勇に、つい手を伸ばしてしまっただけだろう。むしろ俺で済んでよかったのかもしれない。これが他の女性隊士だったら、何かしらの間違いがあったかもしれない。居合わせたのが俺でよかった、と義勇は一人納得し、流石に前が露出しっぱなしというのもいかがなものか、と釦を止めようとした、のだが、シャツから隊服から、ほとんどの釦がなくなっており、これでは前を止めることができない。辛うじて残っているものもあるが、ほつれ掛けており、触れた端から取れてしまうような状態だ。伊黒が自分に興味がないと分かっているので羞恥を覚える程でもないのだが、市井をこの格好で走り抜けるのは、やはり義勇としても躊躇いがある。羽織の前を合わせて、無理矢理に洋袴の中に押し込んでしまえば応急処置はできるかもしれないが、走っていれば緩くなってくるだろうし、そもそもみっともない。そんな姿が錆兎の耳に入ろうものなら、どれほどの説教に耐えねばならないのか。想像するだけで耳が痛くなるような気がして、すっと耳を押さえた。現実逃避とも言う。

「おい、隊服を脱げ。」
 なぜ?と声に出さずに、首を傾げるだけで済ませてしまった義勇に、伊黒も苛々と舌打ちをした。
「お前の隊服は既に機能していないだろうが。不本意だが、本ッ当に心の底から不本意だが、俺の隊服を貸してやる。さっさと脱げ。」
「・・・。」
 ついつい無言で伊黒のてっぺんから爪先までを見つめてしまった。甘露寺よりも背の高い義勇は、当然のことながら伊黒よりも上背がある。伊黒は義勇から見ても細く、正直自分の方ががっしりしていると思っているほどだ。
「言いたいことは言葉にしろ。ただし、俺を苛つかせるなよ、よく物を考えて言え。」
「・・・俺に、伊黒の隊服は無理じゃないか?」
 ああ゛?と伊黒は義勇を威嚇する。今まで大人しかった伊黒の蛇も、伊黒の怒りに同調したのか、義勇へと牙を見せている。
「伊黒の隊服に、俺の肩幅が入るとは思わない。」
「お前、俺を馬鹿にしているのか。四の五の言わずにさっさと着ろ。」
 伊黒が問答無用で突き付けて来る隊服を、義勇も渋々受け取った。着た瞬間に隊服が弾け飛んだらどうしよう、破れてしまったらどうしよう、との思いは杞憂に終わり、袖を通したが、肩がきついどころか、少し緩いほどだ。
「お前も男だったんだな。」
「貴様は本当に、俺を苛立たせる達人だな。」
 純粋に感動しての言葉だったが、伊黒には伝わらなかったようだ。伊黒の額には青筋が浮かんでいた。残念なことに、義勇には見慣れたものだったが。



 現場に到着した隠は一瞬、二人は死体処理の算段でもしているのかな?と思ってしまった。仰向けで気を失っている隊士の上に隊服の上着が掛けられていたが、その姿を腕組をして眺めているからだ。え、こわ、話しかけたくない、と隠は思ったものの、その一人が柱であり、色々と面倒な性格で有名な蛇柱であったため、どう転んでもこわいだけでは、と怯えるしかなかった。二人ともが隠の到着に気付いているだろうに、義勇は微動だにしなかったし、伊黒は目をぎょろりと向けて睨み付けただけだった。
「あ、あの、」
「任務は既に完了している。この大馬鹿者を蝶屋敷に運んでやれ。負傷箇所は自己申告させろ。」
 俺は関わりたくない、さっさと行け、と既に視線を外している。そこでようやく義勇が顔を向け、
「その隊服は縫製係へ。釦の付け直しを頼みたい。終わったら、水柱の屋敷に届けてくれ。」
 はぁ、と中途半端な返事をしてしまったが、義勇は怒ることなく、こちらはこちらで、もう会話は終わった、と顔を背けている。いや、あの、聞きたいことはたくさんあるんですがね、この上着が冨岡様のものなら、もしかしてもしかして、あなたが今お召しになっている隊服は、シャツにいつもの羽織姿の蛇柱様のものなのでせうか、とかなんとか。だがしかし、賢明な隠はその疑問をぐっと飲みこんで、もう一度、分かりましたと繰り返す他なかった。

 夜明けにはまだしばらく時間があるが、今日の任務はこれで終わりだろうか、と義勇が鎹鴉を呼びつけ確認をしようとしていた、まさにその時だった。

『カァー!カァー!音柱及ビ隊士三名、上弦ノ鬼ト交戦中!上弦ノ鬼ト交戦中!救援求ム!救援!キュウエェーン!!』
 けたたましい鎹鴉の声に、二人は弾かれたように駆け出した。
「場所は?」
『吉原!吉原!』
「遠いな、」
「遠いのか?」
「・・・もう話すな、口より足を動かせ。間に合わなくなるぞ。」




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というわけで、遊郭編にちょっとだけ混じります。今回はほんのちょっとだけです。
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