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本人は錆義のつもりで書いてるんですけど、正確には、最終的には錆義になるだろうけれど、そんなことより錆兎が柱になって、義勇が柱じゃない世界ってどんな感じなんかなー、っていう妄想を形にした短編集、なので、略して錆義です。
タイトルが決まらないんだけど、副題としては、錆兎が生きてさえいれば、冨岡さんはそれだけでハッピー!かと思ったら、案外そうでもなかった話、なんですけど。ううん、タイトル付けるのって難しいな!
とりあえず、タイトルは『BEAUTIFUL DAYS』で統一してあります。個人的にイメージソングがあった方が書きやすいので、なんとなーく決めてるんですけど、今回はこっ/こさんの、『BEAUTIFUL DAYS』とか『楽園』あと、スターシャンクのアルバムからちょいちょいあります。私はハッピーエンドにする気があるのか。そもそも着地点はどこなのか。色々迷走してます。






 錆兎が蝶屋敷に辿り着いた頃、真菰も丁度蝶屋敷の娘の一人に話しかけているところだった。錆兎に気付いた真菰が手を上げて、錆兎へと近付く。
「お疲れさまー。錆兎も義勇達のお見舞い?」
「ああ、それとお説教もな。」
 まあほどほどにね、と苦笑する真菰に、それは義勇次第だな、と笑いかけ、目的は同じなので、連れ立って慣れた蝶屋敷の廊下を行く。強くなれば蝶屋敷の世話になる頻度も少なくなるが、反面、強くなったからこそ、強い鬼と戦い、瀕死の重傷で担ぎ込まれてくることもある。錆兎達は水柱邸を拝領してはいるものの、人を雇わず必要に応じて隠に屋敷の世話を頼んでいるので、誰かが重傷になると蝶屋敷に厄介になっている。他の二人が看病できればいいのだが、年中人手不足の鬼殺隊だ、簡単に穴を空けられないのが現状で、一人で屋敷に置いて容体が急変してはいけないと、蝶屋敷に間借りさせてもらうのだ。そういうわけで、三人が三人共、両手では足りない回数を蝶屋敷に世話になっているだけに、屋敷の中で迷うことはない。
 錆兎が聞いていた義勇の任務は、確か不死川の応援であったはずなのだが、知らせを受けたのは、煉獄との共闘の末、怪我を負ったとのことだった。しかも、上弦の鬼との戦いだという。命に別状はないものの重傷で運ばれたと聞き、真っ先に義勇に会いに来たのだが、真菰が確認したところによると、今は胡蝶に診察を受けている最中であるらしい。それならば仕方がない、ともう一方の見舞いにと足を進めている。その一方とは、炭治郎であった。

「またベッドに逆戻りだな!だが鬼の頚を斬ったと聞いた。一般人の死人もなかった。無事任務をやり遂げたな!」
 錆兎は炭治郎に会うなりわしゃわしゃと髪を掻き回した。次いで善逸、伊之助にまで同じように撫で回し、気が済んだのか、炭治郎の枕元の椅子に座った。意味が分からず困惑している善逸、伊之助だったが、真菰が、義勇のこと助けてくれたって聞いたから、錆兎なりのお礼だよ、とにこにこと笑うものだから、善逸は考えることをやめた。女の子が可愛いのがいけない。ちなみに伊之助は、錆兎に、これ邪魔、とポイッと投げ捨てられた猪頭を、再びいそいそと被っている。ホワホワしているのかもしれない。
「あれは煉獄さんと冨岡さんが強かったから、鬼を倒せたんだ。俺がもっと早くに鬼の頚を斬っていたら、その後に現れた上弦の鬼との戦いの行方も変わっていたかもしれない。俺がもっと強かったら、こんな怪我は負わなかった。俺は、まだまだ弱い。」
「そうだな、俺もいつも思う。俺の刀がもっと早く鬼に届いていれば、と。俺達の仕事は後悔の連続だ。日々その後悔と戦いながら、それでもと歯を食いしばって努力を続ける。努力に終わりはないぞ。」
「でもね、時には頑張る自分を褒めてあげてね。君達は煉獄さんの見込んだ通り鬼を斬った。これはすごいことだ、ってね。」
 真菰が炭治郎の顔を覗き込み、にこっと笑った。
「まだ君達は新米だよ、できることは限られてる。特に今回みたいな、上官と一緒の任務の時は、全部責任押し付けちゃえばいいの。煉獄さんは君達が鬼の頚を斬れると思って託した。それで鬼が倒せなかったら、煉獄さんの見込み違いで、煉獄さんのせいになる。どう?これって結構こわいことでしょ?私は、だから早く強くなりたいなって思ったよ。」
 お前、弱ってる奴にえげつないな、と錆兎がたしなめるも、そうかな?と真菰は笑顔のまま首を傾げる。可愛い顔をしているが、鬼殺隊でも手練れに数えられる真菰だ、その下には強かさを多分に持っている。
「まあ、柱の戦いを見て少しは勉強になっただろ。すぐに追いつけはしないが、日々鍛錬は怠るなよ。」
 錆兎はそう言って炭治郎を励ましつつ、
「で、本題なんだが。上弦の鬼との戦いの状況を、できれば第三者の目線で知りたい。お前が見たこと、感じたことを、できるだけ詳しく教えてくれ。」
 そっちの二人もな!と話を振れば、びくりと善逸は肩を震わせた。怒っているわけじゃないんだが、柱というだけでビビる奴もいるからな、と錆兎は特に気にすることなく炭治郎を促す。
 炭治郎が語ったあらましは、鎹鴉から聞いているものとほとんど大差ないものだった。ただし、最後の煉獄の攻撃の部分に差し掛かると、淀みなく語っていた炭治郎は、一旦言葉を濁した。
「陽が差してきて、まず鬼が逃げようとしたんだ。それを逃がすまいと、冨岡さんが煉獄さんの技が完成するまで、時間を稼ごうとしていて、」
 炭治郎は言葉を切り、錆兎を見上げた。良い目だな、と錆兎は思う。絶望に負けず、無力さに打ちのめされず、ひたすらに自分と向き合える、強い真っ直ぐな目だ。
「冨岡さんって、いつもああいう戦い方をするのか?自分の身を顧みないと言うか、守らなければいけないものの中に自分がないと言うか、」
 錆兎と真菰の顔色が曇る。
「鬼と冨岡さんとの間で鍔迫り合いみたいなことになって。確かに時間稼ぎにはなっていたけど、煉獄さんの攻撃に巻き込まれそうになっても、冨岡さんは避ける素振りを見せなかった。煉獄さんも巻き込むぞって言ったのに、冨岡さんは気にしていない様子で・・・!もう少し伊之助が遅かったら、冨岡さんはきっと・・・、」
「そうか、こわかったな。」
 錆兎の一言に、炭治郎の瞳からぽろりと涙が零れた。泣くな!と言うことは簡単だったが、その原因を作ったのが義勇なだけに、錆兎は何も言わず、真菰がよしよしと炭治郎の頭を撫でていた。
「あの時の冨岡さんの匂いは、諦めとかじゃなくって、こうすることが当然だと思ってるみたいで、自分のことなんて全然頭数に入ってないみたいで、自分のことなのに、まるでそこにあるのは人形か何かだと思っているようで、」
「もういい、分かった。あいつには俺から強く言っておく。だからお前は、さっさと忘れろ。間違っても真似するんじゃないぞ。」
「もう遅せぇんじゃねぇの?こいつの怪我、俺を庇ったからだぞ。ご丁寧に腹で受けやがって。」
 伊之助の言葉に、錆兎の周りの空気が、僅かに冷える。無意識に放ってしまった気の揺れを、寒気として認知しているのかもしれない。
「炭治郎、お前はまだ未熟だ。人を庇って死んでしまっては、庇われた人も迷惑だ。俺が言いたいことは分かるな?」
 うん、といささかしょんぼりしてしまったが、早い内から人を庇う癖をつけてはいけない、と錆兎もあえてそれ以上は励ましの言葉は言わなかった。
「伊之助!義勇助けてくれてありがとな。よし、お前達が退院したら飯でも連れてってやるから、食いたいもん考えておけよ。」
 ぐすぐすと鼻を啜りながらも頷いた炭治郎に、よし、と錆兎も満足げに笑った。じゃあ俺達はこの辺で、と腰を上げかけた錆兎に、炭治郎から声がかかった。

「錆兎からは、冨岡さんが大事で大事で仕方がないって匂いしかしないのに、二人は恋人じゃないのか?」
「さぁな、子どもにはまだ早い話だよ。」
「なに格好付けてるの、錆兎。そうやって濁しに濁してるから、噂ばっかり先行しちゃうんだよ。何か変な噂でも聞いた?炭治郎はどうしてそんなこと聞くの?」
「いえ、実は煉獄さんが、」
 待って炭治郎!と会話を眺めていただけの善逸が、慌てて声を発した。けれども、時に伊之助よりも猪突猛進で真っ正直な男は、善逸の制止だけで止まるはずもないのだ。
「煉獄さんが冨岡さんに求婚していたのが気になってしまって、」
 ピシリ、と錆兎の動きが止まった。真菰があらあらまあまあと、いつぞやの胡蝶カナエと同じように、目を輝かせている。
「煉獄さんが義勇に?流石、お目が高い!煉獄さんなら断る理由もないし、義勇もついに人妻かあ!義勇の子どもは、きっと可愛いんだろうなあ。二人とも鬼殺隊は長いし、隊をあげてぱぁっとお祝いすることになるね!あ!カナエさん達にも教えてあげないと!それにしても煉獄さんかあ。これ以上ない優良物件だよね、ね、そう思わない?錆兎。」
 真菰は、にこにこというよりは、にやにやといった笑みを浮かべ、錆兎を仰ぎ見る。そこには、いつまでも放っておくと、手遅れになっても知らないぞ!という脅迫が多分に含まれていた。
「炭治郎、」
 まるで地を這うような低音に、つい炭治郎も背筋を伸ばして、はい!!と返事をしていた。ただその動きが傷にさわったのか、うっと呻いてはいたが。すまないが、お前を気遣っている余裕が、今の俺にはない。
「義勇の返事は?」
「断ってマシタ。」
 ぎぎぎ、と不出来なからくり人形のような動きで、なぁ善逸?と炭治郎が同期の一人に話を振る。
「えええ!なんで俺に聞くの?!炭治郎もその場にいたじゃん!俺が答える必要なくない?!俺を巻き込む必要なくない?!ほら、めっちゃ見てる!水柱めっちゃ俺のこと見てる!いや、大変力強い素晴らしい眼力だと思いますけどね!俺のような新人には、いっそ畏怖な対象なわけでして!ぶっちゃけ怖い!物凄く怖い!なんてことしてくれるんだ炭治郎!俺はお前の神経を疑うよ!善人の皮を被った悪魔なの?!いやああああ!!」
 善逸は叫びに叫び倒して、案の定、静かにしてください善逸さん!と神崎アオイが病室に突撃して来た。年下の女の子に叱られて、善逸はぐすぐす泣きながら、ごめんよぉぉ!と叫んでいる。だから静かにしてください!と再び叱られて、ようやくしおしおと静かになった。男がめそめそと泣くな!と錆兎も叱責の一つでもしたかったが、なんというか、泣いているにも関わらず、よく回る舌は流れるように弱音を吐くものだから、口を挟む隙がなかった。名人芸だな、と少し思ってしまった程だ。
 思った以上に時間が経っていたようで、アオイが「冨岡さんの診察は終わったようです。」と教えてくれたので、錆兎達もようやく腰を上げた。慌ただしくなってしまったが、元気にしていても怪我人であることに変わりはない。長居し過ぎてしまったな、と思いながら戸をくぐろうとしたその間際、炭治郎が錆兎を呼び止めた。
「錆兎、錆兎にとって冨岡さんは、どんな存在なんだ?」
 錆兎は顔だけを炭治郎に向け、たった一言を告げた。錆兎は、これ以上の言葉を知らない。周りの誤解も、時にじれったいと思われていることも知っている。けれども、錆兎にとってはそうなのだ、永遠にそうあり続けるのだ。


「俺の宝ものだよ。」





 蝶屋敷の一番奥まった一室が女性用の診察室だ。真菰が外から声をかければ、入っていいぞ、と義勇の返事があった。真菰と錆兎は戸を開けたが、その瞬間に胡蝶の小さな叱責が飛んでいた。
「ちょっと冨岡さん。確かに診察は終わりましたけどね、あなたまだ服装を整えていないんですよ。錆兎さんの気配もあったのに。」
 と言う胡蝶に、義勇は素知らぬ顔で、
「錆兎なら別にいいだろう。」
 との返事なものだから、胡蝶は頭を押さえた。胡蝶とて錆兎達が気安い仲であることは重々承知しているし、さらし一枚の姿を見られたところで騒ぐような可愛げがある女性でないことは分かってはいるのだけれど。それとこれとは別問題でしょう、と一言ちくりと刺すことを忘れない。
 重傷を負ったと聞いていた分、起き上がれない程の怪我を負ったのでは、と危惧していたのだが、彼女自身はぴんぴんしていた。元気そうでよかった、とほっと息を吐き出す錆兎の横を、真菰が物凄い速さで駆けて行く。
「いやあぁあ!義勇の珠のような肌に、どす黒い痕があるぅぅぅ!」
 義勇の前に膝をついて、赤黒く変色している脇腹に縋り付いている。確かに痛々しい。日に焼けていない白い肌のせいで、余計に目立っているからだろう。真菰の大袈裟な反応に、俺の身体はあっちもこっちも、古傷だらけなんだが・・・?と、義勇は首を傾げている。胡蝶は真菰の反応に乗っかり、
「女性のお腹を殴るなんて、ホント血も涙もない鬼ですよねぇ。」
 と、珍しく怒りを表に出している。義勇の肌に痣ができているのも錆兎としては看過できないことだが、それほど大きく強く痕を残しているということは、身体の内側への影響はないのだろうか。気になって、胡蝶へとそう訊ねれば、
「幸い、冨岡さんの強靭な腹筋のおかげで、内側への影響はありませんよ。内臓は驚くことに無傷。びっくりするほど健康体ですよ。」
 女性にしては恵まれた身体を持っている義勇に少しの嫉妬を含ませつつ、胡蝶はそう告げた。確かに、もしかしたら伊黒より筋肉があるかもしれない、と線の入った義勇の腹筋を見つつ、訓練の内容を別々にすべきでは?との疑念も生まれる。男でも根を上げるような訓練を、彼女に課している自覚はあった。隊士としては正しい姿であるが、その前に一人の女性でもあるのだ。と言ったところで、義勇は納得しないだろうが。それを裏付けるように、当の義勇は、錆兎のおかげだな、と少々得意げに頷いている。
「胡蝶、骨を鍛える方法を教えてほしい。できれば、鬼と力比べしても負けない手首にしたい。」
 添え木を包帯でぐるぐる巻きにされた手首を持ち上げ、義勇はさも真剣にそう言った。はあ、と大袈裟に呆れた声を出したのは胡蝶だが、錆兎も真菰も同じような気持ちだった。
「それ、悲鳴嶼さんでも無理ですから。負けますから。」
 そうなのか?と胡蝶を見、次いで錆兎と真菰に視線を向けたが、皆が皆うんうんと頷くものだから、義勇も諦めてそうか、と肩を落とした。落ち込むところが錆兎の予想外過ぎて笑い出したくなったが、まだ場を和ませるには早い。
「義勇、」
 と呼びかけて、義勇の顔を覗き込む。義勇の肩がびくりと揺れた、錆兎の笑顔にこれからのことを察したのだろう。聡いのか鈍いのか、まったく分からない奴だ。
「言いたいことも聞きたいこともたくさんあるが、とりあえず、無事でよかった。」
「ああ、ありがとう、錆兎。」
「なら、いいな?」
 よくない、と、義勇が反論する前に、錆兎はすぅ、と息を吸い込んだ。

「命を粗末にするなと言っただろう!炭治郎に聞いたぞ!もう少しで杏寿郎に斬られるところだったらしいな!鬼の動きを封じる為とは言え、お前が犠牲になっていいわけないだろうが!確かに頚を斬れなかったことは残念だが、お前は生き延びることをもう少し考えろ!杏寿郎がお前を斬っていたらな、俺はあいつを恨まなきゃならん、目的の為に仕方なくであったとしてもだ!杏寿郎も、お前の死を一生抱えることになるんだぞ!そんな重たいもん、あいつに背負わせるな!」
「・・・煉獄なら、分かってくれる、」
 と思う。とは言わなかったが、声にならなかった義勇の語尾を読み取って、
「義勇!」
 と、再び叱責する。しかし、よくも悪くも錆兎の説教に慣れている義勇は、おずおずと錆兎を見、
「煉獄は、俺を否定しなかった。」
 そう、あの澄んだ水面の眸で、告げた。そこには後悔がない、迷いがない。それが、錆兎は嫌なのだ。彼女がこれだと決めてしまえば、錆兎がどれだけ言っても聞き入れない。お互い様だと思うけどな~と真菰は言うが、正直、錆兎が折れることの方が多い。錆兎は昔から、義勇の波紋一つない、青く澄んだ眸に弱いのだ。
 はぁと大袈裟にため息をついて、錆兎は義勇の頬に手を伸ばす。既に瘡蓋が張っている、薄い一筋の傷を、親指の腹で撫で上げた。目を閉じて錆兎の手にすり寄る姿は、さながら猫のようだ。
「そりゃそうだ。俺とあいつとでは、考え方が違う。思考の軸の位置が、全然違うんだ。杏寿郎の一等は、鬼殺隊だ。あいつは生まれながらの柱だよ。少数より多数を救う方法を瞬時に計算して、そうあるにはどうすればいいのか、とことん自分を高める奴だ。俺はな、そんな高潔な生き方はできない。自分の理屈を貫いているだけだ、自分が善しとするものに向かって、ただただ我武者羅なだけだ。なあ、義勇、そんな俺は嫌か?煉獄の方がいいか?」
「錆兎はいつだって、誰よりも何よりも、一等格好良い。」
 そう言ってくれる言葉は本心なのだろうけれど、それなら少しは俺の言葉に同意してくれ、と思わずにはいられないのだ。もういい、勢いが削がれた、と義勇から手を放した錆兎は、違う話題へと話を振った。

「どんな鬼だったんだ?」
 上弦の鬼の情報は、決して多くはない。遭遇確率が低いこともあるが、そこから生還してくることが稀である為に、どのような見た目なのか、どのような血鬼術を使うのか、謎が多い。
 義勇は言葉を探して口を噤み、少しばかり不機嫌そうに顔を曇らせた。物事に無関心そうに見えて、彼女は錆兎と肩を並べる程の負けず嫌いだ。今回も、生き残ったことを喜ぶよりも、倒せなかったことへの悔しさが強いらしい。鬼殺隊としては頼もしい限りだが、そこは素直に喜べない錆兎だ。
「煉獄の攻撃がいとも容易く躱されていたな。速さも力も桁違いだ。俺の攻撃もほとんど入らなかった。」
 義勇の攻撃の速さは、柱と遜色はない。むしろ大振りな武器を使う宇髄や悲鳴嶼よりも一瞬早く相手に届いているのではないだろうか。それが利かないとなると、中々に骨の折れる相手ではあるようだ。だが、義勇の言葉は更に続きがあった。
「ただ、ずっと喋っていて、正直苦手だ。柱でもない俺の名を聞きたがったのも、意味が分からん。」
 はぁ?と思わず出てしまった声に、義勇も嘘は言っていない、と唇を尖らせる。いや、お前達は死闘を繰り広げていたんだろう?そんな余裕があったというか、そういう感想を持つ余裕があったのか。思わず呆けてしまった錆兎を余所に、ある意味一番変わり身の早い胡蝶が一言、
「とんだ軟派野郎ですね!」
 そう切り捨てた。
「冨岡さんは何と言いますか、真面目な話ができない星の下に生まれたんでしょうかね。真剣に聞いているのに、その返事はいかがなものかと思いますよ。」
「・・・。」
 あ、葛藤しているな、と錆兎は真菰と顔を見合わせながら、義勇の感情を読み取った。ここで言い返せば、胡蝶から二倍三倍と言葉が返ってくる面倒と戦っている。基本的に彼女達のやり取りは見守る方向な錆兎なのだ。

 と、その時、再び戸の前から声が掛けられた。あえて気配を発しているのだろう、戸一枚を隔てていても騒がしいその気配に、錆兎は先程の炭治郎とのやり取りを思い出し、少しばかり内心が穏やかではない。
「屋敷の者に聞いたら、胡蝶と冨岡はこちらだと教えられたものでな!俺はこれで失礼するが、一言挨拶をしたい。入っても良いだろうか。」
 再び、いいぞ、と言いかける義勇を遮って、
「ちょっと待ってくれ。」
 と、錆兎が先に煉獄を引き止める。なんで?と言う顔を向けてくる義勇に真菰が、ほら、早く着ちゃいなよ、と袖を通しやすいように広げてやったり、合わせ目を整えたりしている。おやおや過保護ですねぇ、と揶揄する胡蝶に、手首固定してて動かしにくいでしょ?それに、任せると骨折してるの忘れて力任せにやっちゃいそうだし、と真菰もにんまり返事をする。普段は仲が良いのだが、義勇の扱い方が真逆ということもあり、義勇を挟んで時々遊びで火花を散らしている二人なのだ。もういいよ~と真菰が合図を送れば、うむ失礼する!と煉獄からの返事があった。

 部屋の前で錆兎と真菰の存在に気付いていたのだろう、驚いた様子もなく、二人とも元気そうで何よりだ!と軽く二人の様子に言及する。こういう小さな気遣いができる煉獄を錆兎は好ましく思うし、まさしく柱の鑑だと思うが、だからと言って自分の宝ものをみすみす渡すことができるかと言えば、また別問題だ。
「腹の怪我はどうだ?」
「異常なしです。と言っても、肋骨に手首の骨折、裂傷、打撲等、怪我だらけなので、無事というわけではありませんが。」
 それはあなたも同じでしたね、と胡蝶が言えば、そうだな!身体中が痛くてたまらないな!大声を出せばその分響いて痛い!と、いつもと変わらぬ大声でそう宣った。ご自宅で安静にして下さいね、と胡蝶は念押ししたが、その額には既に青筋が浮かんでいた。

 一頻り義勇の容体を胡蝶に確認した煉獄は、くるりと錆兎を振り返る。彼の空気は快活そのものなのだが、やはり柱というべきか、感情が読みにくい。
「丁度良い、錆兎にも話があったのだ。冨岡に求婚したのだが、色よい返事はもらえず仕舞い。君からも少し説得してくれ。」
 ああやはりな、と錆兎は内心ため息を吐き出す。真菰は隣りで、つんつんと錆兎を突っついている。義勇程ではないにしても、力のあることには違いない。痛いからやめてくれ真菰。
「義勇にはまだ早い。」
 思わず、箱入り娘の父親のような言い方になってしまった。これでは義勇の言葉足らずそのものではないか。いや、単刀直入に言うにはこれが一番いいのか?ぐるぐると思考を重ねている錆兎をよそに、これまで口を閉ざしていた義勇が、何故だかここで口を開いた。いや、これも義勇らしいと言えばそうなのだけれど、もう少し何かなかっただろうか?
「錆兎はまだ早いと言うが、世間一般的に、俺の歳では年増の行き遅れだぞ。」
 そこを突かれると、錆兎も弱い。いやいや鬼殺隊に所属している以上、世間一般とは区別すべきだ。どう言えば義勇は納得するだろう、と言葉を探している間に、つんつん攻撃を止めた真菰が、
「あっはっは、言われちゃったねぇ、錆兎。まあ、行き遅れは私もだけどね!」
 と、一人笑い転げている。年々意地が悪くなってないか、と姉弟子に思うところもあるが、長年二人のことを見続けている彼女にも思うところはあるようで、面と向かっての苦情は入れにくい。
「真菰は可愛いから大丈夫だ。」
 気心の知れた面々に、義勇の口数も多くなる。だからと言って、言葉を省略するきらいはそのままで、むしろ、長年の付き合いに甘えて、更に言葉を短くしてしまうこともあった。
「ありがと。いっそのこと、私と一緒になる?義勇のことだったら、私、大事にするよ。」
「嬉しいけど、女同士では結婚できない。俺が男だったら、真菰を放っておかないがな。」
「はあ、こういうとこは、錆兎より男らしいんだから。私も義勇が男だったら、真っ先に立候補してるよ。」
 そう言ってぎゅうぎゅうと義勇の頭を抱き締める。義勇も抵抗せずに、されるがままになっている。どうだ羨ましいだろう男共、とでも言いたげに、真菰が勝ち誇った顔で錆兎に笑みを送っていた。

「はいはい、場が白けてしまったので、そろそろお開きにしてください。皆さん普通に話していますが、お二人は重傷なんですよ。大人しく療養してください。」
 ぱんぱんと手を叩く胡蝶に、錆兎達もそそくさと腰を上げる。今はまだ穏やかに笑っているが、彼女も中々に短気であることを皆重々承知しているので、怒らせる前に退散するのが得策だ。三者三様に義勇へと声を掛けて、錆兎・真菰・煉獄は退室した。


 真菰はこれから遠方での任務が入っているらしく蝶屋敷の前で別れたが、錆兎は今日一日は休みだ。煉獄も休養が言い渡されているので、胡蝶の言い付けを正しく守るのであれば自宅へ直行なのだが、胡蝶がどいつもこいつも、と拳を握る程度に、隊士は言葉を言い付けを守らないものなのだ。
「煉獄、お前がいいなら、これから俺の屋敷に来ないか?色々と聞きたいことがある。」
 まあ、色々と、言外に含ませれば、それを察知したのかしていないのか、うむ!構わないぞ!といつものはきはきとした返事があった。胡蝶に言われたろうに、既に癖になっているようで、怪我如きでは彼の勢いを削ぐことはできないようだ。

 水柱邸は蝶屋敷程の広さはないが、美しい竹林に囲まれており、この空間だけ隔離されているような、そんな雰囲気すらある。来訪は初めてではないが数える程度しかなく、煉獄も物珍しそうに整えられた竹林を眺めている。当初は居間に通そうかと思った錆兎だったが、膝を突き合わせて会談染みた空気にしてしまうには、これからの話は少々個人的過ぎる。閉鎖された空間では、煉獄の返答次第では熱くなってしまうかもしれない、と、錆兎は庭が一望できる縁側に煉獄を案内した。
 なんとなく煉獄は熱い茶が好きそうだな、と勝手に判断し、いつもより熱く濃い茶を淹れた。真菰がこまめに買い替えている茶請けを棚の中から拝借し、縁側へと向かう。煉獄は錆兎に背を向ける形で、胡坐を掻いて庭を眺めていた。羽織の上からも、鍛え抜かれた四肢の逞しさが分かった。背筋をぴんと伸ばし、まるでこの屋敷の主は彼のような威風堂々とした佇まいに、これで年下なんだよなあ、と錆兎もつい己を顧みてしまう。確かに、いい男っぷりではあるのだ。
 待たせたな、と言って傍らに盆ごと置いた。多少不調法だが、男同士気を遣っても堅苦しいだけだ。
「用件は冨岡のことだろう?」
 熱い茶をごくごくと飲みながら、まずは煉獄が問う。読まれていることは分かっていたので、錆兎も特に動揺はせず、ああ、と頷きつつ、熱過ぎる茶に息を吹きかける。
「お前は義勇のことを好いているのか?そのような素振りはなかったと思うんだがな。」
「好ましいとは思っているぞ!」
 良いことではあるが、彼が人を嫌うこと自体稀である。義勇とは違った路線で、彼もまた、少しズレている。だから相性が良いんじゃない?と真菰の幻聴が聞こえたような気がして、錆兎は慌てて首を振る。
「お前が義勇を女性だと知ったのは、この前の柱合会議だろう?一人の女性として、本当に義勇を好いているのか?」
「それは俺にも分からん!だが、そこは些末なことではないだろうか。夫婦になり共に暮らし、生まれる感情もあるだろう。」
 自由恋愛がいよいよ世間でも浸透し始めているが、由緒正しき炎柱の家系である煉獄は、古い風習の中で育った人間だ。夫婦となる前から好き合う必要はない。父と母も見合いであったらしい。それでも父は母を愛していたし、母もまた父の生き方を尊重していた。錆兎も、決してそれを否定したいわけではない。どちらかと言えば、元々の錆兎の家も、そういった風習を踏襲していた。鬼殺隊に所属している以上、婚姻を結ぶのであれば、見合いが妥当であろうというのも理解はある。ただし、それが義勇に許せるかと言えば、錆兎は全力で阻止するだろう。
「俺は義勇のことを一番に考えられる奴じゃないと認めないし、義勇が一番だと思う男に嫁いでほしい。」
 錆兎は一旦そこで言葉を切り、一口茶を含み喉を潤した。濃い。義勇や真菰の淹れたものの方がうまいな、とつい思ってしまう。そう言えば、久しく三人で食卓を囲んでいない。
「煉獄、お前は良い奴だよ。結婚相手にお前以上を望むのは、贅沢だというのも分かる。だが、お前は鬼殺隊であり、柱だ。義勇のことを一番に考えることはできない。だからと言って、責務をそっちのけにして、義勇のことを第一にしてほしいわけではない。」
 錆兎は一旦言葉を切り、煉獄の目を見た。いやになる程、淀みのない、良い目だ。
「なあ煉獄、もし、もしもの話だ、あの時、ああ上弦の鬼との戦いの、あの時。僅かでも、義勇ごと鬼を斬ることに、躊躇したか?」
 湯呑みには半分以上残っていたが、もう飲む気にはなれなかった。こんなもので流し込んだところで、喉の奥のつかえが取れないことなど分かっているのだ。
「君は怒るだろうが、躊躇いはなかった。決して、良い手段だとも思わないし、冨岡の選んだ方法が最良だとは思わない。それでも、俺は俺なりに、冨岡は冨岡なりに、与えられた責務を全うしようとした。そこには一縷の躊躇いもあってはならないと思っている。同時に、冨岡の想いを否定することは、この上ない侮辱にあたるとも思っている。」
 俺は君のように優しい男にはなれない、と、そう言って笑った。この男はこの男で恐ろしいな、と錆兎は思う。覚悟の硬度が、錆兎とは全く違うのだ。どちらが良い悪いという話でも、相手と共有するものでもない。煉獄には煉獄の譲れない筋の通った一本があり、錆兎は錆兎でひたすらに守り続けているものがある。それが交わることもあれば、平行線のまま、ということも在り得る。別に、それでいいのだ。
 義勇には、――どこか命の使い所を探している義勇には、煉獄の考え方が馴染むのだろう。誰かの為に生きるのは、確かに高潔で美しい。けれども同時に、他人に命を預けているその方法は逃げであり、ずるいやり方だとも錆兎は思う。錆兎は、簡単に己を切り捨ててしまえる義勇の生き方を、美しいと思うことはできない。こわいし、恐ろしいし、何より勝手だと思う。何故一歩立ち止まって、残してしまう人のことを考えない、考えることができない?俺は、義勇を残して死んでしまう未来を考えるだけで、肝が冷える、手足が震える。この上なく罪深いことだと思ってしまうのに。ああけれども、目の前の男は違うのだろう。ただただ、義勇の生き様を潔いと言って受け入れるだろう。哀しいが、美しい生き方だ、と。錆兎にしてみれば、それこそクソ食らえだ。

 煉獄も湯呑みを置き、錆兎から目を放して庭へと視線を向けた。流石に隠に頼むわけにもいかず、お館様に頼んで手入れができる人を手配してもらっている。丹精込めて作られた、職人技がそこかしこに散らばっている庭だ。残念ながらこの屋敷に住む人間は、漠然と綺麗だな、と思うだけの朴念仁ばかりだけれど。
「君は水の呼吸の、なんという技だったかな、拾壱ノ型の内側に入ったことがあるか?」
 水の呼吸・拾壱ノ型とは凪のことだ。義勇独自の技である。義勇の、常に揺らぎのない眸をそのまま写し取ったような、静かな技だ。義勇らしい技だな、と錆兎は思ったが、同時に全てを拒絶しているようにも感じられて、初めて見せてもらった時は素直に喜べたかどうか、記憶は曖昧だった。あの技は、襲い掛かる血鬼術を悉く無力化するものだ。常に前線に出張ってしまう錆兎は、残念ながらその間合いの中に入ったことはない。その凪に助けられたのだろう。煉獄がひどく羨ましく感じられた。
 いいや、と首を振れば、煉獄は再び口を開いた。常に溌剌と話す煉獄だが、この時ばかりは柔らかい、随分と穏やかな声だった。
「中はな、温かかった。温かく優しい空間だった。冨岡の内側の世界は、あのように優しいものなのだと思ったら、随分と愛おしくなったよ。」
 はは、そう怒るな、君は自分のおっかなさをもう少し自覚してくれ、と、先の空気を霧散させるような、豪快な一笑だった。咄嗟に表情が強張ってしまったことは自覚があったので、錆兎は無言で呼吸を整えた。
「それが、理由か?」
「そうだな。彼女と作る家庭が、ああだったらいいな、と、まあ俺の勝手な妄想だな!手前勝手な事情ではあるが、俺の家は今、父とあまりうまくいっていない。彼女が来てくれれば、何か変わるかもしれんとも思った。探せば理由はいくらでもあるが、一番の理由は冨岡が美人だからだな。正直、これに尽きる!」
 煉獄はそう言って快活に笑い飛ばし、君が納得できるまで俺は説得するし、冨岡を口説くぞ!と、さらりと脅しをかけられてしまった。流石、鬼殺隊でも頂点に君臨にする柱だ。我が強い。はあ、とため息を吐きつつ、頭を抱える。その様子に、君もいらぬ苦労を買って出ているな!と煉獄は笑っている程だ。
「俺が彼女を娶るという話はこの際置いといてだな、どうしてそんなに冨岡の婚姻を拒否するのだ。嫁ぐには、むしろ遅すぎる程だろう。いっそのこと、さっさと誰かと一緒になって子どもを育てた方が、生き甲斐になっていいんじゃないか?君と婚姻すれば一気に解決すると思うんだがな。」
 やはり来たか、と錆兎は顔を顰める。言葉にするには難しいが、だからと言って引き下がってくれる相手でもない。錆兎はぽつりぽつりと言葉を吐き出した。

「義勇は今、必死になって心を整理しているんだ。たった一人の姉を鬼に殺されて、それからずっと、自分の助けられた命の使い方を探してる。生きる意味を探している。だから、あまり波風を立てたくない。」

 まるで独り言のような告白に、煉獄は相槌を打たずに、ただうんうんと大きく頷きながら、先を促す。真摯なその様子は、確かに好感が持てる。これ以上好い男を探すことの方が難しいということも、錆兎は分かっている。ああだけれども、それでも駄目なのだ、嫌なのだ。

「だから俺は、義勇の心の整理がつくまで、隣りで支えていたい。ずっと義勇の隣りにいて、ずっと一緒にいたい。それなら、別に夫婦でなくともいい。義勇が混乱するだけなら、無理に名前を付ける必要はない。あいつがそれを望むなら別だけどな。俺は待つだけだ。いつか、あいつが、自分は幸せになっていいのだと思えるようになったその時に、あいつを幸せにするのは俺でありたい。」

「その日が来なかったら?」
 煉獄にしてみれば当然の質問だったかもしれないが、錆兎にしてみれば、それはあまりにも愚問だ。些細な話だと笑い飛ばしてしまうには、流石に大袈裟だろうか。
「別に構わん。義勇の隣りは俺しかいないからな。」
「正直、君に勝てるとは思わないが、俺のように横からやって来た輩に取られたらどうする?」
「そうならんように、色々と牽制して回っている。そうだろ杏寿郎?」
 近い内に実弥にも釘を刺しに行く予定だ、と言えば、彼も気の毒にな!との反応だ。心外だと言えば、その表情は冨岡にそっくりだな!と言われて、義勇の顔を思い出し、今の己はあの表情をしているのか・・・とついしみじみしてしまった。錆兎的には、あの義勇の表情は中々味のあるものだと思うのだが、大よそその表情を向けられた者は、遠い目をしてしまうのだ。
「まあ、そういうことだから、お前にはやれん。義勇は俺のだ。」
 これでもう大丈夫だろう、と思った錆兎に、やはり一筋縄ではないかない炎柱は、ああ君がいかに冨岡を大事に思っているのかは分かった!と前置きしてからの、
「だが、断る!」
 そう明朗に言い放って、馳走になったな!俺はそろそろ失礼する!と、嵐のように去って行ったのだった。





おまけで、真菰さんと冨岡さんの話。

 胡蝶から、手首の骨がくっ付くまで任務は禁止ですよ、と青筋を浮かべながら忠告された義勇は、暇を持て余していた。炭治郎達の機能回復訓練を手伝ったりはするものの(ちなみに、錆兎の接近禁止令は、しのぶの柱権限でまたしても無視されている)、常中の呼吸をとっくに習得している義勇にとっては、準備運動にもならない程だ。汗だくな彼らをよそに、息一つ切らさずに鬼ごっこに付き合っていると、炭治郎だけではなく伊之助まで綺羅綺羅とした目で見てくるものだから、義勇としては居心地が悪い。俺が特別なわけではなく、ある程度修練を積んだ者であれば、皆同じだと言うのに。せめて早く骨折が治る様にと牛乳を飲んではいるものの、そのせいで腹が緩く、なんとなく調子が上がらないのだ。見兼ねた真菰が足しげく見舞いに来てくれるものの、彼女は彼女で任務に忙しく、少し話してはすぐに帰ってしまうので、むしろ申し訳なく思ってしまう。

 今日も真菰が団子を片手に、義勇の顔を見に訪問していた。
「あっと言う間に噂が広まっちゃったねぇ。煉獄さんは未だに口説きに来てるんでしょ?」
 義勇が憂鬱に感じている理由は、それもあった。蝶屋敷に入院していることを知っている煉獄は、時間ができれば義勇を訪ねて来るのだ。俺と夫婦になって欲しい、煉獄家に籍を入れて欲しい、退院したら一度家族に会ってくれ、等等等。義勇も最初は真面目に対応していたのだが、あまりの勢いに辟易してしまい、今では嫌だ無理だの後は無視を決め込んでいる。救いなのは、煉獄は求婚したいのであって、義勇と恋人になりたいわけではないということだろうか。好ましいとは言われたが、好きだ愛していると言われたわけではない。好ましいと思うのは義勇も同じなので、その線引きは非常に分かりやすく、ありがたいものでもあった。ただ、こう度々やってくるのは頂けないが。
「何度も断っているんだがな。」
「私は、一度真剣に考えてみるっていうのも有りだと思うよ。難しく考えずにさ、煉獄さんとの一緒の生活って、明るくって楽しそうじゃない?」
 少しばかり想像してみるが、いまいちこれといった像を結ばなかった。想像力が乏しすぎるのか、あまりに望んでいないせいで、本能の部分で拒絶しているのか。ああ、それでも、
「耳が壊れるのが先か、丈夫になるのが先か、どちらだろうか。」
 あっはっは、その発想はなかったなあ、と真菰が笑っている。笑わせるつもりは全くなかったのだが、真菰の笑顔は可愛いので、義勇もふくふくとその表情を見つめている。自分よりも年上なのに、真菰は可愛い。
「いっそのこと、錆兎と一緒になれば?正直言って、一緒になっても大差ない生活になると思うよ?」
 真菰は冗談めかして言うが、義勇はその言葉に、すっと表情を暗くした。
「これ以上錆兎から何かを奪いたくはない。今ですら、錆兎に依存してる自覚はあるのに、嫁いでしまったら、いよいよ錆兎は俺を優先するだろう。もっと自分の好きに生きてほしい。錆兎が俺の為に、何かを諦めてしまうのは、いやだ。俺のわがままで、錆兎が大事にしているものを手放してしまうのは、とても、苦しい。」
 真菰は何か言いたげに義勇を見たが、なんだ?と訊ねてもにこにこと笑みを返すばかりだった。
「義勇はさ、私達以外の人とも、もっと色んなことお喋りした方がいいよ。こんなに繊細で綺麗なんだもん、勿体ないよ。」
 真菰は、既に薄くなった義勇の頬の傷をさすっている。その温度が心地よくて、義勇はそっと目を閉じた。
「一つだけ、錆兎の秘密教えてあげる。錆兎が前にね、義勇の青みがかった瞳は宝石みたいだなって、嬉しそうに言ってたの。義勇の存在自体が、錆兎にとっては宝ものなんだよ。それだけは分かってあげて。お世辞でも取り繕いでもない、錆兎の本心なんだから。自分なんてって思わないで。錆兎の言葉を、分かってあげてね。」
 じゃあ、真菰姉さんは任務に行って来るね!と、義勇の返事も待たずに、颯爽と去って行ったのだった。





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錆兎の言葉は、ブーメランでもあるんですけどね。錆兎君像を作ってったら、こうなっちゃったわけで。
途中分ければよかったかなーとも思いましたが、長ったらしいままにしてあります。
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