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錆義っていうよりは、錆兎書くの練習中って感じです。
前の話のちょっと後です。
錆義がちゃんとお話しできるのは、もうちょいかかりそう。







 錆兎は胡蝶の許可を得て、炭治郎達の病室へと向かっていた。一度水屋敷に戻ったものの、義勇が宣言した通り任務で不在にしており、たまたま戻っていた真菰に伝言を頼んだが、果たして義勇は聞いてくれる気があるのか。誰もいないことをいいことに、大きくため息をついた。

「炭治郎、俺だ、水柱の錆兎だ。失礼するぞ。」
 部屋の気配を探るまでもなく、賑やかな声が聞こえている。あとの二人は同期だと聞いているが、仲が良さそうでよかった。自分たちにも同期はいたが、階級の差が開いてしまったり、既に鬼殺隊を抜けてしまったり、残念ながら亡くなってしまったりして、ほとんどと疎遠になっていた。今でも縁が続いているのは、村田と胡蝶カナエくらいだ。
「派手に怪我をしたな。傷の具合はどうだ、完治したら快気祝いに何かうまいもんでも差し入れるぞ。」
 と、入室するなりにこやかに話しかけたが、炭治郎の表情は硬い。それはそうだろう。あの場で残された義勇の処遇も気になるだろうし、錆兎は己の思いをあの裁判の場で話してはいない。そもそも、錆兎は自分の身を明かさずに狭霧山で稽古をつけていたので、おそらく炭治郎もあの場で錆兎の存在を知り、大層びっくりしたことだろう。
「えっと、錆兎、さん、その、冨岡さんはどうなりましたか?」
 呼び捨てでいい、と言ってそう呼ばせていたので、今更その呼び方にも違和感がある。いいよ、呼び捨てで、話し方も気を遣わなくていい、と言うと、多少の問答はあったが、炭治郎も錆兎の言葉を受け入れた。
 真っ先に義勇の身を案じてくれるのは嬉しいが、そう思うのなら俺に鬼を斬らせてくれ、という想いが実はずっとあるのだ。その鬼さえいなければ、そもそも義勇が腹を切るなどという覚悟をしなくて済んだのに。けれども、既に結論の出た話を蒸し返すのは男のすることではない、と割り切り、錆兎はあくまで穏やかな表情を作った。ちらりと他のベッドに目をやる。思えば極秘事項でもなし、これは己が勝手にやることであるけれども、証人は多い方がいいだろう。
「義勇はとりあえずお咎めなしだな。既に次の任務に向かった。」
 よかった、と胸を撫で下ろした炭治郎は、純粋に義勇を心配しているようだった。確かに、義勇の眼に狂いはなかった。自分の境遇にも負けず、人のことを気遣うことのできる人間は中々いない。この子は優しい。優しい世界で生きているし、世の中は荒んだり厳しいこともあるけれど、どこにでも優しさは転がっていて、今辛い辛いと生きている人は、たまたま今はその優しさが見えなくなってしまっているだけで、誰でも手に出来るものなのだと、ただただ純粋に信じている。そういった温かさを、彼は持っていた。だが、今はそれを思考の隅に追いやらなければならない。

「義勇はな、お前の妹の為に腹を切る覚悟だ。正確には、人を襲った妹の首を刎ねて、お前の介錯をして、それから腹を切る。自分の死で、先生――鱗滝さんの切腹を許してもらうつもりだ。」
 その言葉に、一番に動揺したのは炭治郎ではなかった。ベッドの中で静かにしていた、彼の同期の一人だ。顔を出すことも、声を上げることもしなかったが、空気が揺れたのだ。そうだよな、普通はそうだ。他人の為に命を賭けるなんて、馬鹿げた話だ。笑い話にもなりはしない。しかも報告を聞く限り、炭治郎と会話をしたのはほんの僅かな時間だと言うではないか。お人好しが過ぎると言ってしまうには、賭けるものが重過ぎる。そう簡単に命を捨てるな、と義勇にいつも言い聞かせているが、彼女はどこか、自分の命の使い方を持て余しているように感じられる。姉に助けられた命だ。姉の命を犠牲にして生き延びた命だ。正しく命を使わなければならない、それを見誤ってはいけない、と。
 発した言葉はもちろん、義勇から聞いたわけではない。けれど、彼女のことを誰よりもよく知っている錆兎であれば、想像することは容易かった。そして、そんな彼女のことが、時折、心底おそろしくて仕方がないのだ。いつまで己の隣りにいてくれるだろう、生きていてくれるだろう。義勇はおそらく、炭治郎を助け先生に連絡を取った後に、お館様に報告したに違いない。そして、お館様に切腹の伺いを立てた。お館様が了承するはずはないのだが、もし諾としていたのであれば、義勇は躊躇なく腹を切っただろう。そういう女だ。それを、錆兎に覚られることもなく、今まで黙っていたというのだから、錆兎が腹を立てるのも分かるだろうに、義勇はばっさりと言ってのけたのだ、錆兎には関係ない、と。ああ思い出しただけで、怒りが沸いてくる。義勇にではない、そんな重大なことに欠片も気付かずに、のうのうと数年を過ごしていた自分自身に、だ。

「・・・禰豆子は、人を襲わない。絶対に、絶対に、」
「お前の言葉に嘘はない。お前が本当に心から信じていることは分かる。だが、こればかりは分からんことだ。未来のことなど、誰にも分からん。お前の妹を斬らないのは、お前を信じているからではない。義勇を信じているだけだ。義勇が、お前の妹が人を喰わないと思って、お前たちを助けた。ならば俺は、義勇の感じたものを信じるだけだ。」
 一旦言葉を切れば、炭治郎は唇を引き結んで、感情が零れるのを必死に抑えていた。感情を制御するのは難しい。錆兎もまた柱になって久しいが、己の中の激情に未だに翻弄されている。
「だから、お前も覚悟しておけ。義勇が腹を召すのなら、その介錯は俺だ。俺に義勇を斬らせるな。義勇はな、誰も恨まんだろう。ただ、俺の刀を自分の血で汚してしまったら、あいつは悲しむ。義勇を悲しませるな。義勇を死なせるな。そんなことになってみろ、俺はお前を一生恨んで憎んで、醜く生きることになるぞ。俺が言いたいことはそれだけだ。」
 再び涙を溢れさせた炭治郎の頭を、乱暴に一撫でする。彼は決して、事態の重さに気付いていないわけではない。彼もまた、巻き込まれただけの被害者ではあるのだ。この場合、彼が恨むのは何だろうか。守れなかった己か、鬼になってしまった妹か。そんな業を背負わせた義勇か、それとも元凶である鬼の頭か。怒りは時に強さへの原動力になる。だが、それだけに支配されるなよ。言ってやるのは簡単だが、できれば自分で気付いてほしい、いや、長く修羅の道に身を置くのであれば、己で気付かねばならないのだ。
「今はとりあえず休め。回復したら、血を吐くような鍛錬を繰り返して、血を吐きながら鍛錬を繰り返して繰り返して、強くなれ。お前の選んだ道はそういう道だ。精々励め。お前を強くする手伝いなら、俺にも出来るからな。時には俺の屋敷に顔を出してもいいぞ。真菰もいる。」
 あ、ただし、と錆兎はずいと炭治郎の顔を覗き込んで、笑顔でさらりと気を放った。殺気ではないから、許せよ。

「義勇とは接触禁止だ。五間以上近付くなよ。これ柱命令な。」

 思わず、こくこくと頷く炭治郎を満足そうに見やり、じゃあな、と手をひらひら振りながら、錆兎は病室を後にしたのだった。





(ちょっとだけおまけ)

 胡蝶カナエが、新しい病人の病室にひょこりと顔を出してみれば、いつもは騒がしい彼らは静まり返っていた。ただ、しんと空気が冷えているのではなく、ぽかんと呆けているような、そんな様子だった。カナエは首を傾げる。そういえば、先程錆兎と会ったが、もしかしてそれが関係あるのだろうか。とりあえず、彼らは揃いも揃って重傷人であるため、まずカナエが彼らに言うことは決まっている。
「ちゃんと休んでますか?とにかく、今は休むことが肝心ですよ。」
 そう言って、身体を起こしたまま呆けている炭治郎を寝転がらせる。身体全体が痛いだろうに、彼はありがとうございます、と小さく礼を言うことを忘れない。どういたしまして、と笑顔と共に返して、何かあったの?と訊ねる。カナエは数年前、上弦の鬼と遭遇し、その怪我が元で引退しているが、普段の生活をするのに支障はない。こうして今は蟲柱となった妹の手伝いをしており、多忙な妹の代わりに、患者一人一人に声をかけて回っている。
「その、錆兎がさっきやってきて、」
「あら、錆兎くんは炭治郎くんに用があったのね。同門だもの、気になってしまったのね。」
「いえ、あの、色々言われたんですけど、」
「錆兎くんは少し怒りっぽいけど、理屈の通じない人ではないでしょう?」
「はい、そうなんですが、」
 ちなみに、カナエと錆兎たちは同期である。最終選別も共に通過していることから、多少の気安さはあった。ですが?とカナエが穏やかに先を促す。炭治郎は言葉を探して、うーとかあーとか、言葉をこねくり回して、最終的に聞きたいことに辿りついたようだ。
「冨岡さんって女性ですよね。錆兎と冨岡さんって、恋仲なんですか?冨岡さんを、なんと言いますか、すごく大事にしてるみたいで。俺、冨岡さんにどれだけ頭下げても感謝しきれないぐらいたくさんお礼したいんですけど、直接会ってはいけないと言われてしまって。」
「あら、あらあら、まあまあ。錆兎くんったら、まあまあ。」
 ふふ、と思わず笑みが零れてしまったのは、彼らの色々な噂を聞いているからだ。その事実は、結局二人しか分からないことなのだけれど。
「恋仲ではありませんよ。ちなみに、将来を誓い合った仲でもありませんし、許嫁でもありません。二人とも独身さんですよ。一目で義勇くんの性別を見抜いたの?すごい慧眼ね。」
「俺、鼻が利くんです。冨岡さんの匂いは、もしかしたら柱の人達より薄いかもしれないですけど、それでも男女では大きく違うんです。」
「まあ、便利な鼻ねぇ。」
「そうなんです!色々助かってるんです。俺はこの鼻があるから冨岡さんが悪い人じゃないってわかりますけど、冨岡さんはそうではないようですし。なのに、俺と禰豆子のことを信じてくださって。一言でいいからお礼を言いたいんですけど、錆兎から五間以上近付くな、柱命令だって言われてしまって、」
 あら、あらあら、まあまあ!これはしのぶに必ず伝えなければ!カナエはくすくすと笑いながら、それならわたしが義勇くんにお礼を言っておくわ、と微笑めば、ありがとうございます!と元気の良い返事だ。聞いていて気持ちがいい。ただ、良い子の返事をした炭治郎は、カナエの発言のズレに気付いたのか、あれ?と首を傾げていたが、それに構わず、じゃあ、みなさん安静にね!と声をかけて、カナエはしのぶを探して病室を後にしたのだった。





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当然のことながら、カナエさんは色々捏造だよ!
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