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ずっと前から気にはしていたんですけど、視点がコロコロしてて読みにくいなあ。
あと、地の文のところ、柱の人たちは名字で、他の人は名前にして、っていう統一感の無さが気になってまして。。。基本的に冨岡さんか錆兎視点だろうからいいかな、ってしてたんですけど、長くなるにつれて色んな人視点が増えて来まして、なんかもやっとするなあ。最初は全員名前にしてたんですけど、柱の人達の違和感半端なかったんでやめました。っていうかさぁ~公式で錆兎と真菰ちゃんの名字出してくれよ。でもって、村田さんの名前も教えてくれよ。この話の錆兎が、村田さんだけ名字呼びだとなんかハブってるみたいで可哀想なんだよ。









 緊急の柱合会議が開かれるのは、ごくごく稀なことだ。しかも、今からとなると急がなければならない。任務調整の上だろうが、おそらく、丁度、柱が本部周辺に集まっているのだろう。錆兎のように休暇中の者もいれば、ようやく任務を終えて戻って来た面々もいるはずだ。錆兎は慣れない義勇を急かして、本部へと向かった。途中、通り道である水柱邸に立ち寄ったが、着替えをしている時間はなかった。義勇が伊黒に借りていた物があるから、と寄っただけで、滞在時間は一瞬のことだった。ちなみに胡蝶とは別々で向かうことになっている。先に片付けておきたい仕事があり、それが終わり次第本部へ赴くとのことだった。
「・・・俺は隊服を着ていないが、いいのか?」
「特に服装に決まりはない。まあ隊服の方が望ましいが、着替えて遅くなっては元も子もない。今までも任務で変装したまま出席した者もいるからな。見苦しくなければ、特に問題はない。」
 知らせを聞いたのが遠方であれば町中を駆け抜けていただろう。義勇も今日は着物を着ているので、走るとなると錆兎が抱えることになるが、その後に届けられた知らせで時間も区切られており、ここからの距離を考えても走る必要はなさそうだ。
「なんで義勇も呼ばれたんだろうな。宇髄ならまだ分かるんだが。」
「隊律違反の沙汰ではないのか?」
「わざわざ柱合会議に呼ぶ必要はないし、非は向こうだ。精々厳重注意で、処罰になるようなことはしていない。」
「いや、でも、相手の怪我を見ていないからそう言うのであって、」
「義勇、」
 錆兎は足を止めて、義勇へと向き直った。笑顔を作っていたつもりだが、義勇が僅かに後ずさった。おい、流石に傷付くぞ。
「帰ったらゆっくり聞かせてもらうぞ。逃げるなよ。」
「でも、錆兎、本当に、」
「義勇、」
 う、と義勇も反論を止める。叱ることはあっても、滅多に義勇に怒ることはない錆兎だ。本気で怒っていると伝わると、義勇もしおらしい態度を取るのだ。
「逃げるなよ。」
 小さく、分かった、と渋々絞り出した義勇の言質に、錆兎は満足げに頷いて、再び足を進めたのだった。


 今回の柱合会議は広座敷で行われるようで、既に到着していた煉獄・甘露寺が、賑やかに談笑していた。銘々が挨拶を交わす中、真っ先に義勇に気付いた甘露寺が、きゃあと声を上げながら、軽い足取りで駆け寄った。
「今日のお召し物、とっても素敵!可愛い!よく似合ってるわ!」
「ああ、これは、錆兎と真菰が選んでくれたものだ。」
 義勇の返しは、やはりどこかずれている。甘露寺はそんなことは関係なく褒めてくれたというのに、どちらかと言えば、自分に似合うものを見繕ってくれた二人はすごいだろう、と誇らしげにしている。これは自分の褒め方を間違えたせいか?と少しばかり自分のせいな気がしてしまう錆兎だ。
「やっぱり冨岡さんは美人ね!落ち着いた色合いがよく似合って、羨ましいわ!」
 私、明るい色しか似合わなくて、子どもっぽい気がするの。でも冨岡さんは簡単に着こなしてて、すごいわ、素敵だわ、可愛い!頬を染めながら、甘露寺が思いつく限りの言葉で褒めている。何度も可愛い可愛いと繰り返す彼女に、その気持ちは分かるよ、とついつい錆兎も心の中で同意する。けれども義勇はあの無表情で甘露寺を見返し、
「どう見ても甘露寺の方が可愛いだろう。俺を羨ましいなどと言っては、伊黒が気の毒だ。」
 と、こちらはこちらで通常運転だ。ふふ、ありがとう!でも、分かってない冨岡さんも可愛いわ!と一頻り可愛いを連呼して、それを誰かと共有したくなったのだろう、近くにいた煉獄に、
「ねぇ煉獄さんもそう思いますよね?」
 と、話を振った。甘露寺としては、元々継子だった縁もあり気安さ故だろうが、錆兎としては煉獄にだけは聞いてほしくはなかった。往々にして女性同士の会話に男は入りにくいもので、それは煉獄とて例外ではなかったようだ。だが、こうして招き入れられれば、大手を振って参加出来るというものだ。
「うむ!今日は一段と綺麗だな!そろそろ俺の嫁にならないか!」
 きゃあ、と甘露寺がまたしても歓声を上げるが、義勇は慣れたもので、むしろうんざりと言いたげにため息をついている。
「その件は断っただろう。いい加減にしろ。」
「あら、悪い話ではないと思うんですが、あっさり断ってしまって良いんですか?」
「・・・胡蝶、俺で遊ぶな。」
「まあひどい。」
 全く傷付いた様子も見せず、挨拶代わりに義勇をからかう胡蝶は、流石手慣れている。こういうところが真菰と馬が合って、合わないところなのだろう。
「あなたもついていないですねぇ。折角お洒落して錆兎さんとお出掛けするのに、会議に呼ばれてしまって。私の記憶が正しければ、その着物、初めて着てみえるでしょう?」
 ん?と錆兎が首を捻る。確かに義勇の着物は今日が初めてだが、残念ながら錆兎と約束があってのことではない。蝶屋敷に居ることは真菰から聞いたらしいが、わざわざ錆兎と出掛けるのに、一々めかしこむような女性でないことは、錆兎が一番よく分かっているのだ。義勇もそれは同様だったようで、あの水面のような無表情を胡蝶に向けている。
「確かに、今日初めて着たが、錆兎と出掛けるから着たわけじゃない。」
 げっ、と上から声が降ってきた。いつの間に来たのか、宇髄がいかにも面倒臭そうに顔を顰めていた。
「宇髄に言われたからだ。」
 あー、そこで俺の名前出すか?っていうか、色々おかしいだろ、間が悪過ぎるだろ、と宇髄が悪態を吐いていた。しかしそれを受けて、胡蝶の、空気読めなさ過ぎじゃない?といったどこか冷たい視線に、宇髄も仕方なく説明する為に口を開いた。
「さっきまで冨岡と、ちょっと茶ァしばいてたんだよ。女を誘う文句に、めかしこんで来いって言うのは常套句だろ。」
 いや、それはどうだろうか、と錆兎は思ったが、相手が宇髄であれば、明らかに冗談だと笑い飛ばしていただろう。まあ、義勇はそのまま額面通り受け取ってしまったわけだが。
「お前もさぁ、そういうのは大事に取っとけよ。錆兎が可哀想だろうが。」
「錆兎、そうなのか?」
「いや、俺に聞くな。」
 至極真面目に錆兎に訊くものだから、錆兎も返答に困る。特に宇髄や胡蝶は、二人の事情を察し過ぎてしまって、色々こんがらがっている気がするのだ。そりゃあ錆兎だって、折角仕立てたのだから、いつかはそれを着て一緒に出掛けられたら、と思っていなかったわけではない。が、意図せずの宇髄の手紙に、感謝がないわけでもなく、何とも複雑な気分だ。義勇も、錆兎が頼めば嫌な顔せず着てくれただろうが、錆兎としては自発的に彼女からの動きを待っていただけあって、やっぱり宇髄この野郎、という気持ちも少なからずあるのかもしれない。
「男気溢れる錆兎クンなら、俺に悋気するようなこともねぇよなあ。ま、悪かったな、冨岡のハジメテもらっちゃって。」
 明らかにふざけ始めた宇髄に、錆兎も笑顔で応戦する。お前さぁ、それ笑えてないからな、威圧感半端ないわ、と肩を竦めた宇髄に、お前が俺達で遊ぶからだろう、と軽口を叩く。宇髄は慣れた様子で、まあ許せよ、と笑い飛ばしてしまったので、錆兎もそれ以上文句を言うことが出来なくなってしまった。

 穏やかに談笑していた面々だが、不死川と伊黒が入室した途端、場の温度が下降した。入室するなり、伊黒と不死川の皮肉が飛んだからだ。
「冨岡、今度は何をやらかした?どんな失態を冒した?何度も柱合会議に呼ばれるなど、お前くらいだ。お前は柱に次ぐ階級だという自覚があるのか?あるならあるで、分かるように示して頂きたいものだ。」
「また鬼を庇ったとかじゃねェよなァ。例外は一つで十分だぞ。分かってんのかァ?」
 迫力のある二人に詰め寄られても、義勇は怯まない。ただ、非は自分にあると思っているので、錆兎から見れば十分に殊勝な態度であった。彼らにそれが通じたかは分からないが。
「鬼は庇っていない、が、心当たりは、一つ、ある、」
 はぁ、と錆兎は頭を抱える。だからな義勇、そんなことで柱合会議に呼ばれたりはしないぞ。義勇がそれ以上を口走る前に、錆兎が彼らの間に割り込んだ。こういうところが過保護と言われるのだという自覚は、錆兎にはある。
「それは義勇の勝手な思い込みだ。先に聞いたが、わざわざ柱合会議に呼ばれるような話でもない。精々、手紙一つの叱責で終わりだ。」
「はぁ?このクソ大変な時に、お館様の手を煩わせるようなことを仕出かしたのか。」
「それについては、義勇に非はない。本人はそう思っていないから、あまり突いてくれるな。」
 錆兎が取り成せば、仕方がないと言いたげに二人も義勇への矛先を納めたようだ。すまない錆兎、と小声で義勇からの謝意に、錆兎は気にするな、と義勇の頭を撫で――そうになったが、流石に簪でまとめているので乱すわけにはいかない。ぽんぽんと肩を叩けば、義勇の気分も少し上を向いたようだった。
 それに励まされたのかは分からないが、水柱邸に立ち寄ってまで取りに行った風呂敷包を手に、伊黒へと近寄った。先程まで文句を言われていた相手に立ち向かう姿を、錆兎は好ましく思うが、伊黒辺りはそういう無神経なところも癪に障るのだろう。いつも以上に剣呑な視線を義勇に向けていたが、それで遠慮する相手ではないのだ。
「伊黒。」
「・・・なんだ。」
「借りていた隊服だ。」
 先程の宇髄同様、ものすごく面倒臭そうな顔になった伊黒は、その包みを受け取ることなく、いらん、捨てろ、返す必要はないと言ったはずだ、と早口で言い切った。これが並の隊士であったなら、裏返った返事をして一目散に立ち去っているだろうに、義勇相手にはそうはいかない。何故だ、まだ使える、むしろまだ生地は新しかった、勿体ない、とこちらも言葉短く食い下がる。その様子を見つめていた甘露寺だが、すっと伊黒に近付き、
「もしかして伊黒さん、冨岡さんに隊服を貸してあげていたの?」
 と、伊黒の顔を覗き込んだ。あれ程嫌そうに顰められていた顔が、通常の半眼に戻っていた。義勇への対応とは対極になってしまうのは、この際、仕方のない話だ。
「ああ。任務中、駄目になってしまったからな。」
 伊黒が短く頷くと、甘露寺が嬉しそうに頬を染めていた。その頭の中では、素敵だとか格好良いだとか優しいだとか、そういった言葉が山のように溢れているのだろう。二人の世界を邪魔せずいればいいものを、こういう時に限って口出ししてしまうのが義勇だ。
「甘露寺、安心しろ。伊黒は思ったより逞しかった。」
 え、なにが?
 この場にいる義勇以外の心は、今一つになっただろう。これは明らかに足りない。宇髄などは、へぇ伊黒サン、いつの間に冨岡サンとそういう仲になったんですかぁ?とからかう気満々だ。胡蝶も珍しく乗り気で、伊黒さん、甘露寺さんを悲しませるようなことはしないでくださいよ、とたしなめる口調だが、語尾が笑っている。錆兎自身は、これは義勇の癖だから、深い意味はないから、と言い聞かせている。思えば、義勇は格好良いとは言ってくれるが、逞しいと言われたことはないなあ、とついつい思ってしまう。周りの様子などまるで気にしない義勇は、伊黒に渡すことを諦めたのかさっさと包みをほどいて、中に入っていた伊黒の隊服の上着を甘露寺の肩に掛けた。
「俺よりも肩幅が広かった。甘露寺などすっぽり入ってしまうな。」
 甘露寺は義勇の仕草にまず頬を染め、次いで伊黒の上着を羽織っていることにさらに胸を高鳴らせた。いつものことながら、ときめくのに忙しい。襟口を両手でかき寄せながら、
「本当!伊黒さんの上着、大きい!伊黒さん素敵だわ!」
 と、嬉しそうにその場でくるくると回っている。そう言われると満更でもないのが伊黒だ。見た目は全く変わらないが、義勇にぽそりと、
「これでこの前の件は帳消しにしてやってもいい。」
 と耳打ちしている。もちろん、義勇はこの前の件が分からなかったのだろう、首を傾げていたが、流石にそこまで親切ではない伊黒は、義勇の疑問に答えることはなかった。

 遠方での任務帰りのようで、ほとんど同時に現れた悲鳴嶼と時透が到着し、ようやく招集された者達が集まった。通常であれば、お館様こと産屋敷輝哉の号令で開始される会議だが、体調が優れないとのことで、大事をとって妻であるあまねが代理でその任を受けていた。その後ろには、子息息女が控えている。上座から年功序列で座り、義勇は宇髄と並んで末席で頭を垂れた。
「本日の臨時の柱合会議ですが、先日の上弦の鬼との戦いで負傷された宇髄様の今後の任および空席となった柱について、お話しさせて頂きます。」
 あまねは顔を上げて、皆を見回した。それが合図であったようで、両手をついて神妙にしていた面々が、ゆっくりと顔を上げた。義勇も彼らに倣って、少しばかり身体を起こす。
「既に宇髄様は柱を引退されましたが、隠の諜報部隊の指導係を務めて頂きたく存じます。よろしいでしょうか。」
「慎んでお受けいたします。」
 これはいわば儀礼的なものだ。宇髄に打診された時点で、ほとんど決定事項だったのだろう。宇髄も乗り気であったので、こちらはあっさりと決定したが、問題はこの次だ。
「では、空席の柱についてですが、」
 あまねが一旦ゆっくりと一人一人を見回し、そして、最後に義勇を射抜いた。凛としたあまねの雰囲気に、自然と背筋が伸びる。義勇もまた、その視線を受け止めるように彼女を見つめた。

「当主・輝哉は、冨岡様を九人目の柱にしてはどうかと申しております。柱の皆さま、そして、冨岡様のご存念はいかがでしょうか。」

 声に出すことはなかったが、義勇の頭に過ったのは、本当に純粋な驚きだった。思わず錆兎の横顔へと視線を向ければ、やっぱりなあと言いたげに苦笑していた。誰も、義勇が推されたことに、疑問を抱いていない。義勇にはそれこそが問題であったのだけれど。時透以外の全員が、ああようやく、と思っていただろうに、義勇はこれっぽっちの考えもなかったのだ。鬼殺隊全体を見ても、次の柱に任命される実力があるのは義勇以外にいないのだが、知らぬは本人ばかりである。
 まず最初に口を開いたのは、最年長の悲鳴嶼だ。
「実力は申し分ない、むしろ、彼女以上におりますまい。ただし、彼女にその覚悟があるかどうか。」
「悲鳴嶼殿に同意する!他の者も俺と同意見だろう。錆兎、君はどう思う?」
「俺は、」
 煉獄に名指しされ、錆兎が後列に控えていた義勇を振り返る。刹那、目が合った。錆兎の菫色の眸が、柔らかく義勇を包み込む。大丈夫、お前ならば大丈夫だ、自分に自信を持て、努力は裏切らない。錆兎の言葉が脳裏を過る。けれども義勇は、その言葉に頷くことが出来ない、まだ、出来ないのだ。
「まず義勇の希望を聞くべきだと思う。義勇、まだ決定したわけじゃない。ゆっくりでいい、お前の気持ちを教えてくれ。」
 難しいことを言うな、と義勇は思った。錆兎が時々、伊黒や不死川よりも意地悪に見えてしまう。それは巡り巡って義勇の為なのだろうけれど。ずるいなあと思う。いつになったら俺は、お前の隣りに相応しい存在になれるのだろう。あまりに、遠い。
「俺はお前達とは違う。・・・俺には、柱になる程の覚悟など、ない。」
 しんと静まった座敷に、義勇の声が響いて、消えた。ああ、失望されただろうなと思ったが、事実だ。僅かに流れた沈黙の後、衣擦れの音がした。煉獄が義勇を振り返った音だった。
「冨岡、共闘した上弦の鬼との戦いで、俺は君の鬼殺に対する想いを見た。君が事実どのように思っているのか、俺には分からない。だが、俺に鬼もろとも斬られても止む無しとしたその心は、既に覚悟があったからではないか。俺は、初めて君の核心に触れたような気がした。」
 煉獄は強い男だ。真っ直ぐな男だ。彼が義勇の弱さを理解する日は来ないだろう、ああきっと、永遠に。正面からあの炎を写し取ったかのような眼に射抜かれたが、義勇はまばたき一つでその熱を受け流した。彼が義勇のことを好意的に捉えてくれるのは嬉しいが、義勇の心が揺れることはなかった。
「俺は、お前が思うような、出来た人間ではない。」
 こわかったのだ。己の責務を果たせず、のうのうと生き残ってしまった先が。あの日あの時の後悔が、未だに強くのしかかっている。考えれば考える程、肚の奥が重くなっていく、手足が動かなくなる。見ないように、思い出さないように、触れないように、奥底に沈めたはずなのに、ふとした瞬間にそれは義勇の心をあっと言う間に占拠して、呼吸すら奪う。錆兎の言い分は分かる。姉の想いも分かる。それでも、それでも、
 鬼殺隊に所属している者は、多かれ少なかれ鬼による被害者だ。大切な人を奪われ、それでも前を向いている。柱はその象徴だ。鬼殺の腕も確かにそうだが、何より強い意志がある、覚悟がある、一本の筋の通った自分なりの決意がある。皆が皆、つらい、苦しい、哀しいと喘ぎながら、自分の感情に折り合いをつけている。義勇は、まだ、それが出来ない。未だに、囚われている。鬼を憎むより己を責め、宙ぶらりんの怒りを燃やしては、その熱量に心が追いつかず疲弊する。怒りでは、義勇は強くなれない。感情を深く深く閉じ込めなければ、すぐに足がもつれて地に伏してしまう。覚悟など、出来ようはずもない。ただひたすらに、自分の感情から目を背け続けているだけなのだから。
 固く口を閉ざしてしまった義勇に、皆の視線が集まる。義勇が顔を伏せれば、大きなため息が聞こえた。不死川と伊黒だろう。煉獄や胡蝶達も態度に出さないだけで、内心は同じはずだ。いい、慣れている。思いを言葉にするのは、いつだってうまくいかない。だが、自業自得だ、仕方がない、仕方がないことだ。
「すまない。この件は俺に任せてくれないか。話を振っておいてなんだが、こういった話を義勇と話すこともなかった。義勇のことを考えると、ゆっくり話した方がいいと思う。あまね様、申し訳ありませんが、よろしいですか?」
「構いません。あくまで、本日は柱の皆さまにご提案させて頂いたまでです。冨岡様、気になさらないでください。輝哉も無理強いするつもりはありません。」
「御心遣い感謝いたします。」
 錆兎が深々と頭を垂れる。義勇もそれに倣って礼をとった。
「オイ、錆兎。あんま甘やかすんじゃねェよ。」
「すまん。お前の言いたいことも分かるが、ここは俺に免じて折れてくれ。」
 不死川からの返答はなかったが、無言こそが答えだったようだ。錆兎は小さく、悪いな、と呟けば、それ以上誰の抗議もなかった。

「もう一つだけ、よろしいでしょうか。本来このような場で申し上げるものではありませんが、冨岡様のお心が少しでも晴れればと、輝哉からの言付けにございます。先日、冨岡様より隊律違反の報告がありました。伊黒様より詳細を伺いましたが、それを踏まえ、咎めはありません。冨岡様にも、もう一方の隊士にも。」
 本日の議題は以上です。わたくしは失礼仕ります、とあまねは再び深く一礼をして、子ども達と共に退室した。最後まで凛と伸ばされた、美しい姿勢であった。


 あまね達の足音が聞こえなくなった頃、ようやく場の空気が僅かに緩んだ。宇髄や不死川は早々に足を崩して、胡坐を掻いている。
「で、何があったんですか?伊黒さん。」
 さっさと去ろうとしている者もいる中で、まだ終わっていませんよ、とでも言いたげに、真っ先に胡蝶が口を開いた。伊黒は顔を顰め、至極面倒そうな表情を胡蝶に向けたが、そんなもので引き下がる胡蝶ではなかった。なんでここの女共は揃いも揃って厄介な奴ばかりなんだ、甘露寺を見習え、と伊黒が内心呟いていることなど知らないが、それくらいの悪態を言われていることに胡蝶は気付いていた。気付いてはいたが、まあそれはそれ、これはこれだ。
「冨岡から聞け。張本人が目の前にいるだろう。」
「冨岡さんに聞いて分かるなら、とっくにしてますよ。別に一から十まで話してほしいわけじゃないんです。ただ、冨岡さんって変なところを切り貼りなさって、正直よく分からないものですから。伊黒さんに聞いた方が手っ取り早いんですよ。」
 まぁ、確かに。と何人かが心の中でうんうんと頷く。伊黒は根気強く胡蝶をねめつけていたが、胡蝶の感情の読み取れない、やけに愛想の良いにこにことした笑顔に、これは特にしつこいやつだと諦めて、ため息と共に吐き出した。
「血鬼術で我を失った隊士が冨岡を襲って返り討ちに合い、ぼこぼこになって蝶屋敷へと搬送された。以上。」
「お前なあ、またかよ。」
 興味がない振りをして、ちゃっかり聞き耳を立てていた不死川が、まずそう感想を零す。
「また、ってどういうことだ。」
 すっと距離を詰めて、不死川を覗き込んだのは錆兎だ。動揺と言えば可愛らしく聞こえるが、錆兎の眼の中で燃えている感情は、ともすれば殺気にも似た激情だ。本当に錆兎には伝えていなかったようで、不死川は、本人に聞けよ、と義勇へと視線を振ったが、義勇は義勇で首を傾げている。とぼけているわけでもなく、本当の本当に、忘れているようだった。不死川の額に浮き出ている血管が、二本三本と追加された。
「お前、マジか?マジなのか?!まだ新人の頃に藤の家で襲われかけて、足払いしてすっ転ばしてたじゃねェか!俺と伊黒がたまたま通り掛からなかったら、その隊士のこと、お前、殴殺してたぞ!」
 お前はびっくりし過ぎて、ついつい先に手が出たって感じだったがよォ、と、深刻さの欠片もない調子で不死川が言えば、錆兎の頭も多少冷えたようだ。不死川の口調から、大事があったわけではなさそうだと覚ったからだ。
「ちなみに、その不埒者は今?」
「その直後の任務で死んだ。正直、名前どころか顔も覚えてねェよ。」
 死んでしまった以上、ほっとするのもおかしいが、何事もなくてよかった、と錆兎は胸を撫で下ろした。ちなみに、殴殺していたかもしれない、については、誰も否定する者はいない。まあ、鬼殺隊士である以上、一番力が弱いと言われている胡蝶ですら可能であるからだ。
「で、そん時にこいつが女だって知ったんだよ。男色趣味の胸糞悪ィ男だったからなァ、男の振りなんかしてやがるから、気色悪い男に目を付けられんだ、ってわざわざ注意してやったンだがよォ、男の振りなんかしていない、って言いやがる。わけの分からんことを言う奴だなって思ったンだが、こいつは本当に男の振りしてるわけじゃねェんだよなあ。」
 そうなのだ、義勇は決して、男の振りをしているわけではない。女としての自覚もある。ただただそれを表面に出さないだけで。だから、男だと思われていたことに対しても理解していないし、お前女だったのか、と驚かれても、返す言葉が浮かばない。ならば、男に間違われた時点でもっと怒れよ!と不死川辺りは思うのだが、ここが義勇の鷹揚というか、適当なところで、赤の他人にどう思われようが気にしない性質なので、その間違いは義勇の中では些細なことなのだ。
それよりも今の義勇にとっては、不死川が錆兎に数年越しの暴露をした方が憤慨もので、今の今まで忘れていたくせに、
「黙っていると約束したはずだが。」
 と、小さく文句を垂れている。
「仕方ねェだろ、お前が自覚しねェんだから。」
「自衛は有り余る程出来てはいるがな。まああれを自衛ととるか傷害事件ととるかは、人によるが。」
 伊黒が不死川の援護に回る。義勇からの被害では、一、二を争う彼らだ。文句は山のようにある。
「いつか人死が出るぞ。だからな錆兎、本ッ当に、このわけの分からん女を甘やかしたいなら、面倒事が起こる前にどうにかしやがれ。」
 結局二人とも冨岡さんが心配なのね!優しい!と甘露寺は胸を高鳴らせながらも、やはり同じ女性としての気がかりを口にした。
「ねえ冨岡さん。その相手の隊士だけど、逆恨みされる可能性とかはないのかな?付きまとわれたりしない?大丈夫?」
 そういうこともあるのか!と錆兎の怒りが再び再燃した。義勇が水柱邸に身を置いているのは割と有名な話なので、嫌がらせに来ようと思えば不可能ではない。水柱の屋敷に無断で侵入する根性があるかは別だが、むしろ錆兎は留守にしていることの方が多いく、隙があり放題ではあるのだ。錆兎が悶々とするのをよそに、義勇はけろりとしたもので、
「いや、それは大丈夫だ。誠実そうな男だったし、謝罪だって、」
 と、言葉を続けたが、不自然なところで言葉を切ってしまった。そうか、ちゃんと謝罪があったのか、と、ほんの僅かに、針の先程安心しかけたのだが、またしても甘露寺の発言に、今日の錆兎の心臓は不整脈を起こしっぱなしである。
「どうしたの冨岡さん。顔、真っ赤にして、珍しい!可愛いわ!」
「あら、本当ですね。いつもの無表情はどこにいったんですか?」
 甘露寺の言葉に胡蝶も便乗して、珍しい珍しいと騒ぎ立てる。思わず顔を伏せてしまった義勇の顔を覗き込もうと胡蝶が纏わりつくが、「見るな。」と片方の手で胡蝶を押しのけつつ、もう一方の掌で顔を覆ってしまった。いつもの髪型であれば、それで隠すことも出来ただろうが、今日に限って、赤く染まった耳も首筋も露わになっている。可愛らしいな!と笑っている煉獄は平和なもので、伊黒や不死川、悲鳴嶼までもが、予想外のことにびっくりして義勇を見ている。彼らの場合は、すわ天変地異の前触れか!と言いたげな失礼なものであったけれども。更に宇髄が、
「謝罪って、あの手紙か?ありゃあどう見ても恋文だろ。中々に熱烈だったなあ。願望は地味過ぎたが。」
 と、余計な言葉を付け足してしまった。まさに義勇は、その手紙の中身を思い出して赤面したのだ。間違いだと切り捨てたものの、あのように直接的に想いを告げられたことがなく、柄にもなく動揺したのだ。だが、義勇よりも内心が穏やかではないのは錆兎だ。放っておいてくれ、と言外に言っている義勇に向かって、逃げないよう両方の手で義勇の頬を挟んだかと思えば、容赦なく上を向かせた。驚いて顔を覆っていた手を放してしまったせいで、錆兎の真剣な眼と、義勇の羞恥で潤んだ瞳とがぶつかった。傍目、そのまま接吻でもするのかな、という距離感であったが、錆兎は一向に動かない。錆兎が動かなければ、錆兎に顔を固定されたままの義勇もまた、動けない。

「そもそも冨岡に恋を理解する情緒があったことが驚きだよなあ。」
「正直、来い?請い?鯉?俺は鯉より鮭の方が好きだ、とか言っちゃう人かと思ってました。」
「あー、言いそう、言いそう。相手の心ぼっきり折る系のヤツな。」

 と、好き勝手言い合う宇髄と胡蝶や、

「世の中、とんでもない物好きがいるもんだなァ。」
「冨岡は美人だろう!」
「中身を知れば、百年の恋も冷めると思うが。」
「そうか?俺は好ましいと思うがな!」
「煉獄、お前はより取り見取りなんだから、もう少し相手を選べ。」
「以前、蓼食う虫も好き好きと冨岡に言ったことがある!あながち間違いではなかったということだな!」
「お前はお前でズレてんだよなァ・・・。」

 不死川・煉獄・伊黒の会話が過ぎても、錆兎は微動だにしなかった。錆兎の優しい色をした眸が大好きな義勇だが、何も言わない錆兎に、流石に居心地が悪い。いつもは柔らかく、どこか笑んでいるようにすら感じるのに、今は力強い眼力で義勇の顔をじっと見つめているのだ。

「義勇。」
 と、名を呼んだが、眸は相変わらず義勇を映したままだ。錆兎の感情を探るように、うん、と上目遣いで返事をしたが、錆兎は僅かに眸に動揺を乗せて、両の頬を包んでいる手をそのまま―――むにっと義勇の頬をつまんで、離れて行った。
「・・・錆兎、痛い。」
「痛くないだろ。加減した。」
「錆兎。」
「あと、色々俺に黙ってた罰な。戻ったら、色々聞くからな、覚悟しとけよ。」
 再び義勇の眸を覗き込んだ錆兎だが、その眸にはいつもの柔らかなものになっていて、義勇は心の中でよかった、と呟きながら、わかった、と頷いたのだった。


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