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お題

『孤独な王様へ』


 く ・・・ 草のにおいと冠


順番どおりに取り掛からないのが莉緒クオリティです。
竹谷について模索中。五年生はみんな難しい。けど愛しい。
お題サイトさんについては、毎回繋げるのもくどいかなーと思ったんで、一番古いページにリンクが貼ってあります。







 竹谷は頬をくすぐる何かに、渋々目を開いた。まだ意識は半分夢の中に置いてきぼりで、ぼんやり眼で身体を起こし、辺りを見回す。己の頬に触れていたのは、寝転がっていた原っぱの草の先っぽだ。それが風に揺られて、まるでゆるゆると頬を撫で上げるような むず痒い感触を与えていたのだろう。それもう一眠りと思い 再び寝転がろうとしたが、ようやくその時 己の隣りに寝転がっている人物の存在に気付いた。竹谷に背を向けて丸まって眠っている様は、自然と猫の印象を抱かせる。鉢屋三郎だ。手足を小さく縮めこんで、一定のリズムで呼吸を繰り返していた。相変わらず雷蔵の顔をしている。そう言えば、どうして先刻の己は、彼を三郎だと思ったのだろうか。五年間を共に過ごしてきた竹谷だが、時には三郎と雷蔵を間違えることもあるぐらいだ。それなのに、何故。竹谷はぼんやりと思考を巡らせつつ、反対側に回り込んで三郎の顔が見える位置で、再び寝転がった。頬杖をついて、三郎の顔を観察している。胸に抱え込むようにして手足も頭も縮めているせいで、彼の顔は半分も見えない。こうして穏やかな寝顔をさらしていると、余計に三郎なのか雷蔵なのか、分からなくなってしまう。では先程の己の確信はなんだったのだろう。

 ふっ、と小さく息を吐き出し、くしゃみをする前兆のような声を吐き出した三郎だが、起きる気配はなかった。寝返りを打ち、僅かに竹谷の方にごろりと転がった。ふと、その一瞬、魔が差すとはまさにそう言うのだろうと、後々竹谷が納得してしまう程の刹那、竹谷の脳裏に 一瞬の衝動が走った。彼の素顔を見るのは、今この瞬間をおいて他にはないのではないか、と。三郎は深く寝入っている。不穏な空気を察知し飛び起きるかもしれないが、それよりも早く、彼の変装を剥がせる嫌な自信が竹谷にはあった。一瞬だ、この顔に頬に手をかけて、べりべりと表の面を剥ぎ取れば、誰もが拝めなかった鉢屋三郎の素顔とやらが拝見できる。
 おそるおそる手を伸ばす。起きるな 起きろ 起きるな 起きろ 起きてしまえ!起きて俺を見てこの手を跳ね除けて、それはルール違反だとでも罵れ。止めろ止めてくれ。ああでも、起きてくれるな、まだまだ起きるな。

 竹谷の指先が僅かに三郎の顔に触れた。その時だ。

「ハチ、おやめよ。」

 それは決して荒い口調でも 激しい声でもなかったが、有無を言わさぬ強さがあった。竹谷が思わず手を引っ込めてしまった程だ。まるで悪いことをして叱られる子どものような心境だ。

「後悔するのはお前だよ。」

 雷蔵だ。優しく微笑みながら、まぁ分からなくもないけど、とこぼしながら、三郎の枕元に腰を下ろした。

「後悔、するよなぁ。実を言うと、もう後悔してる。」
 止めてくれてありがと、と先程とは全く別の意志で三郎の頭をぽんぽんと撫でる。

「ハチは、未だにこだわるよね。」
「何て言うか、ただの好奇心なんだけどなぁ。お前らがもっと押せ押せ状態だったら、俺もここまでじゃなかったかも。」
「まぁ、昔は気になったりはしたけど。顔を見せたくないみたいだし、見せなくても何も支障がないし。いいかなって。」
「俺はそんな割り切れねぇし。」
「いいんじゃない?分かってて三郎もお前のそばにいるんだろうし。」

 竹谷がちらりと雷蔵を覗き見れば、雷蔵の穏やかな視線は三郎一点を見つめたまま、微動だにしていなかった。竹谷も彼の気持ちが良く分かる。目の前に存在しているだけなのに、泣きたい衝動に駆られるのはどうしたことだろう。大切なのだ、大事にしたい。そういう感情が溢れて泣きたくなるのだとしたら、この涙の清らかさと言ったら!(いや、誰一人として泣いてなどいないけれど)

「実を言うとさ、時々、学園内で知らない顔を見るんだ。僕たちと同じ制服を着てるんだけど、顔は全然知らないんだ。もしかしたら、それが三郎の本当の顔かもしれない。でも、それさえも変装かもしれない。でも、いいかなって。」
「適当だなぁ。」
「気楽でいいでしょ?」
「俺も気楽に行こうかな。」
「そうしなよ。」

 顔を合わせれば、自然と笑い声がもれた。楽しげな空気に吸い寄せられたのか、向こうからやってくる兵助の姿も見える。手には何かを大事に抱えているようだ。竹谷がへいすけーと間延びした声で手を上げれば、向こうも三人に気付いたようで空いている方の手を振った。

「なに、どうしたの?っていうか、持ってるそれって、」
「後輩が作ってるの見て、つい一緒に、な。ほら、雷蔵、おすそ分け。ハチも、もちろん三郎も。」
 順番にぽんぽんと頭に草冠を置いていく。三郎とは違った意味で突拍子もないことをする人物だったが、流石に返答が咄嗟に出なかった。が、しかし、一人だけ、ああ ありがとう、と受け取った人物が居た。今の今まで見事に寝こけていた三郎だ。身体を起こして、兵助の頭にも冠を被せている。

「よし、充電完了したから、ちょっと委員会に顔出してくるかな。そろそろ探しに来る頃だろうし。」

 三郎はそう言って立ち上がり、軽く服をはたいた。その横で兵助がぽつりと一言。

「ところで三郎は、どうして寝たふりなんてしてたんだ?」
「ちょ、三郎!いつから起きてたの?!」
「うーん、あの話してる時かな?それともあっちかな?さぁ、どれでしょう?」
「三郎!!」
「秘密だよ。」

 横から伸びてきた竹谷の腕をひょいとかわして、三郎は颯爽と走り出した。竹谷は誰よりも早く立ち上がって彼の背を追いかけていたが、それが鬼ごっこの始まりだと知っていたから、口許には笑みすら浮かんでいた。風が通り過ぎる度に、僅かに青くさい草のにおいが鼻をかすめる。草冠のにおいだ。

「雷蔵!兵助!挟み撃ちだ!」
「あ、卑怯だぞハチ。雷蔵!雷蔵は私は味方だよな?!」
「はーい僕はハチの手下一号でーす。」
「くっ、仕方ない。豆腐小僧!今日の夕飯の豆腐やるぞ!」
「不本意だが、豆腐に罪はない…。」

 てんやわんやの追いかけっこは、学級委員会の一年生が迎えに来るまで続き、三郎は一年生に急かされながら、捨て台詞と共に去って行った。

「残念だったな兵助!今日の夕飯に豆腐料理はないのだ!!」







***
クローバーは江戸時代だって?!時代考証はスルーでお願いします。
予想外に長くなりました。やばい、これ超楽しい。基本的に二人しか書かないので、いっぺんに四人とか無理だなぁと思いました。たけやんの呼び方も模索中。はち・ハチ・八 どれにしよう。はっちゃんならひらがなでいいんだけどなぁ。気分で変えてこうと思います。
タイトルは例によってヨエコさんの『キャバレー』から。
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