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 軽率に転生パロに手を出したら、とみぎゆさんがガスマスク装備した話。

です。

出オチです。思い切り出オチです。手慰みに書いたので色々設定が荒いけど、まあいいや。

要素としては、香り付け程度の錆義。と、女体化。







 大正と呼ばれた時代、竈門炭治郎達の活躍で鬼舞辻無惨は死んだ。そして、同時に鬼は滅びるものだと思われていた。だが、鬼舞辻が死んでも、鬼は生きていた。珠世と胡蝶しのぶが共同開発した薬で、人を喰ったことのない鬼は人へと戻ることができた。しかし、少しでも人の肉片を口にした鬼は、人であった時の記憶や感覚――理性と呼ばれるものを取り戻しても、見た目はもとより、その異常な力や回復能力が治ることはなかった。日の光に当たれば肌が爛れ、いずれ死に至る。もしくは、日輪刀で頚を斬れば、ようやく死を迎えることができる。なまじ人の理性が戻ってしまったばかりに、多くの人が発狂し自ら死を選んだ。人を――中には親兄弟、恋人、友人、己にとって大事な人を喰った記憶に苦しめられたからだ。鬼殺隊の記録では、最後の鬼は昭和の初めまで生きていたらしい。どのようにその鬼が最期を迎えたのか、その詳細は不明であったが。
 一度はそうして滅んだ鬼だが、昭和と平成の境目、再び事件が起こった。鬼が、再び現れたのだ。幸いにして、当時のように血鬼術を使えるわけではなく、戦闘能力は低い。個体差はあるが、理性をなくすこともない。飢餓状態ではなく、喉の渇きを覚えるといった程度で、鬼化したばかりは軽度なものである。鬼化してすぐさま人を襲い肉を喰らうことはないが、喉の渇きを潤すのは人の血液だと本能で分かるようで、飢えが勝り理性が焼き切れれば、人を襲い血を啜りしまいには人を喰う。一度は解体された鬼殺隊だが、鬼の出現と共に鬼殺隊も再結成された。隊士はかつて柱として鬼との死闘を繰り広げていた者達で、前世の記憶を持ったまま生まれ落ちていた。前世の記憶を持つ者は主に柱が中心だが、柱に近い実力を持っていた者、柱と親しかった者もいた。彼らの活躍もあり、世に鬼の存在は知られることなく、人々の平穏は保たれている。
 現在報告されている鬼は、鬼舞辻が復活したからではない。ざっくり言ってしまえば、遺伝だ。かつて鬼となった人間が、何代にも何代にも渡って免疫をつけてしまったのだ。誰しもが鬼化する可能性を有しており、何かのきっかけでそれは表へと現れる。残念ながら、どのような要因が働き鬼化するのかまでは分かっていないが、人の血液を飲んでも人を喰らわない限り、人に戻すことは可能だ。薬の進化は日進月歩だ。医療班の日々の努力で、再発しないもの、副作用の少ないもの等々の薬が開発されている。ただし、彼らでも治療できないものがある。前述したように、人を喰ってしまった鬼は、殺すしかない。もう戻る術はない上に、人を喰った瞬間に、かつての鬼のように凶暴化するからだ。彼らに、最早人の理性はない。首を斬るしか助ける方法はない。鬼化する人間はごく少数であるし、そこから本来の鬼へと変貌を遂げる者もほんの一握りだ。それでも、ゼロではない。そういった存在から人々を守る為に、鬼殺隊は今日も目を光らせている。鬼化した人間の感知能力も向上しており、鬼化した人間が出す独特の周波数で、すぐさま察知することが可能となっているのだ。ここ数年、鬼の被害がほぼゼロであるのも、鬼殺隊の働きゆえである。



 さて、日々人々の安寧を守る鬼殺隊の本部は、都内某所の高層ビルに存在する。そのビル丸ごとが産屋敷の持ち物で、上層階は鬼化してしまった人の療養施設であり隊士の病院代わり、そのほかの階も隊士の鍛錬場(ちなみにVRに対応済だ)や食事処、娯楽施設等、隊士にとっては至れり尽くせりの場所になっている。徒歩圏内には隊士の為の寮もあり、福利厚生は中々に手厚い。
 その中の一室に、現在前線で鬼を狩る、というよりは保護している鬼殺隊の面々が勢ぞろいしていた鬼舞辻を倒した時代の面々とそれに連なる者達だ。岩柱・悲鳴嶼行冥をはじめ”八”人の柱、柱ではないものの共に鬼舞辻を討った竈門炭治郎ほか同期四名、この部屋には居合わせていないが、炭治郎達にゆかりのある者もこのビル内で業務をこなしている。後藤や村田といった、特に炭治郎と交友のあった者達や、ゆかりがある、という意味では、本来彼らが出会っているはずはないので眉唾物ではあるものの、炭治郎と同門の真菰と錆兎も鬼殺隊に名を連ねている。
 では、彼らが一室に揃い踏みなのは何故か。それは、とある人物が到着するのを、今か今かと待っているからである。かつて共に戦った者達の中で、唯一誰の前にも姿を現していない者がいる。二度目の生を受け、再び鬼殺隊へと加入する者達の歴史も随分と長くなったが、柱を拝命していながら、前世の記憶を受け継がなかった者はただの一人もいない。中には今の身体に呼吸が適応せず隊士を辞する者もいたが、それでも記憶は有している。にも関わらず、歴代でも戦国時代に次ぐ実力者が揃ったと言われる鬼舞辻討伐の時代の、柱へと上り詰めた者の中で一人、この場に不在の者がいる。方々手を変え品を変えその者を探したが、行方はようとして知れず、もしやまだ生まれていないのでは?既に死別したのでは?いやいや記憶を受け継がなかったのでは?と様々な噂が流れた。特に最年少である霞柱・時透無一郎が再び鬼殺隊へと加入した際は、もう一度調査方法を一から洗い出し、再度日本の北から南まで、くまなく捜索された。(ちなみに、以前は最年長である悲鳴嶼と時透の歳の差は十三も離れていたが、今は多少縮まり十程度となっている。他の者も年齢の順序は変わらぬものの、差は短縮されていた。)捜索は継続されていたが、特に熱心だったのは同門である炭治郎と錆兎であった。何を隠そう、最後の柱とは、水柱・冨岡義勇であったからだ。





『お館様!柱もかまぼこ隊も、さびまこも村田さんも後藤さんも揃ったのに、水柱だけ出ません!』





 彼は、とにかく見つからなかった。大手企業を隠れ蓑に持っている鬼殺隊の情報網をもってしても、中々冨岡義勇の名前を見つけることができなかったのだ。噂が噂を呼び、もしや本当に四方山話ではないのかもしれない、と一人二人と諦めかけたその時だった。登録のない隊士が、鬼化した人間と交戦したとの報が舞い込んだ。すぐに身元が割れるだろうと思われたが、当初の予測に反して、その隊士はアンノウンのままだった。その後も二度三度と同様のことが続き、相変わらず無登録の隊士の活躍記録が更新されていく。こうなれば、面白くないのは柱の面々である。どこの誰とも知れぬ者に手柄を横取りされたままではおれぬ、と鬼狩りと共にアンノウンの捜索も精力的に行われた。アンノウンと銘打ってはいたが、彼らの頭には冨岡義勇の名があるばかりだった。前世では何を考えているか分からないと、皆から距離を置かれていたこともあり、此度も彼特有のよく分からない理屈で勝手に鬼狩りをしているのだというのが、おおむねの柱の共通認識であった。

 長い鬼ごっこは一年近く続いた。何度か捕獲を試みたものの、あと一歩というところで逃げられていた。それも、今日で終わりだ。既に身元も分かっており、通っている学校も割れている。ただし、水柱・冨岡義勇について、少しばかりの情報の修正が必要だった。産屋敷が密かに構築したネットワークの中には、確かに冨岡の名はあった。あったことにはあったが、明記されている学校名は、都内でも有名な全寮制の”お嬢様”学校であった。鬼殺隊は混迷を極めたが、更にそれに油を注いだのが、蟲柱・胡蝶しのぶの姉であり、元花柱である胡蝶カナエであった。曰く、「義勇君?知ってるわよ。だってわたしと同室ですもの。」とのことだった。

 すったもんだの末、冨岡義勇は本日、鬼殺隊本部へと連行もとい出頭もとい、まあそんな感じの重苦しい空気に包まれていた。特に不仲であった風柱・不死川実弥や、蛇柱・伊黒小芭内は、入口から一番遠い場所で壁にもたれて、苛々とした様子を隠す気すらない。他の者も冨岡に大して興味があるわけでもないので、何故姿をくらまし続けたのか、その理由を聞き納得したいだけだ。気の毒なのが炭治郎の同期達だ。決して無関係ではないのだが、親密な関係ではない以上、炭治郎に付き合わされているというのが正しい。炭治郎ばかりがそわそわと落ち着かぬ様子なのだ。そこには再会できる喜びと、冨岡が半ば強引に連れられることへの申し訳なさが浮かんでおり、彼の表情は中々に複雑だ。約束の刻限が刻、一刻と近付く。壁に掛かっている振り子時計が、前時代の遺物らしく、ポーンポーンと鳴った。鳴り終わった頃を見計らっていたのか、来客用の入り口からコンコンと小気味良いノックが響く。誰が返事をしたわけでもなかったが、胡蝶カナエが軽やかに「失礼しますね。」と扉を開けた。内開きの扉は、胡蝶カナエと共に同行した者――冨岡義勇以外いないのだが――も姿を現す。皆がその姿を一目見てやろうと、入口へと目を向けた、が、本当の意味での対面は叶わなかった。冨岡義勇は、あろうことかガスマスクを着けて登場したからだ。彼女の呼気が、しんとした室内に、シュコーシュコーと虚しく響き渡っていた。


「えっと、姉さん、そちらの方は冨岡さんで間違いはないのかしら?」
 最初に立ち直ったのは、冨岡を連れて来た張本人・胡蝶カナエの妹、胡蝶しのぶだ。既に頭が痛いと人差し指で頭を押さえている。
「そうよ、しのぶ。あ!そうだ、言うのを忘れていたわ、ごめんなさい、」
 続く言葉に、しのぶだけでなく、この場に居合わせた全員が、今切実に欲しい情報を得られるのだとばかり思い、固唾を飲んで見守った。
「着替える時間がなかったから、制服のまま来てしまったの。この制服はね、私達が通っている学校のものなんだけど、可愛いでしょう?」
 確かに都内でも有名なお嬢様学校の制服だけあり、ブラウスにさり気なく使われているフリルであったり、胸元を彩るリボンであったり、ふんわり揺れるロングスカートであったり、これぞお嬢様学校の象徴と言わんばかりのものたちで彩られている。胡蝶しのぶとそっくりな顔だが、妹よりも柔らかな印象である胡蝶カナエにはよく似合っていた。むしろ彼女の為に作られた制服ではないか、と思わせる程に似合っている。だが、今はそれどころではない。むしろ、そんな可愛らしい物を冨岡義勇も着ているということに、衝撃が走る。
「姉さん、分かってるでしょ。ふざけるのはやめて。」
「あらあらしのぶ、こわい顔。駄目よ、折角可愛い顔をしているのだから、ね?」
 この間も、胡蝶カナエの隣りからは、シュコーシュコーと冨岡が装備しているガスマスクからの音が漏れている。
「冨岡、てめぇ、そんなもん被って、どういう了見だァ!あくまで俺らと会いたくねェってのかァ?同じ空気にいるのも拒否ってことなのかァ?!馬鹿にするのもいい加減にしろォ!!」
 早々に切れた不死川が、大股で冨岡へと歩み寄る。けれども、冨岡の胸倉を掴む前に、炭治郎がその間に割って入った。
「待ってください!義勇さんの話も聞きましょう!すぐに暴力に走るのは如何なものかと思います!」
 頬を膨らませる炭治郎に、不死川も舌打ちで返す。相変わらず、冨岡を挟むと空気が悪くなる二人なのだ。
「話を聞くつってもなァ、あいつは俺らと話す気はないようだぜ?それとも何だァ?お前はあいつの言葉が聞き取れるとでも言うつもりかァ。そもそもなァ、あいつは俺達とは違うんだろ。大方、俺らとは違う次元の人間だって言いたいんじゃねェのかァ、オイ、違うかァ?」
「ですから、それは誤解だって言ったじゃないですか!義勇さんは、むしろ柱の皆さんと自分を同列に思っていなかったんですよ!錆兎が生きていたら、彼が柱になっていたから、鬼殺隊に自分の居場所は無いってずっと思ってたんですよ!そんな人が、そんなこと思うわけないじゃないですか!」
 この分からず屋!と炭治郎が叫ぶと同時に、不死川から拳が飛んだ。しかし、前世とは異なり、二人も歳の差が縮まっている。炭治郎は顔面へと向けられた拳を避け、お返しとばかりに身をかがめて脛へと蹴りをお見舞いする。不死川もそれを読み、僅かに後ろへ飛び退く。それでも気の済まない二人は、同時に飛び掛かろうと互いに身を屈めた。その瞬間、パァァン!と悲鳴嶼が手を打って、二人を諫める。
「カナエ、いい加減説明をして欲しいのだが。」
 悲鳴嶼の一声に、胡蝶カナエも「はい。」と微笑んだ。先程の二人のやり取りなど、なかったかのようなにこやかな笑みである。炭治郎はすみませんと頭を垂れ、不死川はすごすごと、部屋の真ん中辺りでやり取りを眺めていた音柱・宇髄天元の隣りに並んだ。
「実弥君の言っていることも、あながち間違いではありません。義勇君はね、できれば誰とも会いたくなかったんです。」
 思わず、皆が冨岡へと視線を向ける。彼女は相変わらず、一定のリズムでシュコーシュコーと呼吸を刻んでいる。目許はガラスで覆われているが、露出している部分は少なく、そこから感情を読み取るのは不可能だ。

「だって、ねぇ、ふふ、本人は大真面目だから笑ってしまうのは申し訳ないんですけどね、義勇君ね、女の子に生まれたのに、女の子の格好をすると女装みたいに見えるから、誰とも会いたくなかったんですって。」

 みんな、深刻な顔して、おっかしいわぁ、と胡蝶カナエが一人、腹を抱えて笑っている。はぁ?といつもの笑顔はどこへ行ったのか、胡蝶しのぶが冨岡の前に立ち、ガスマスクへと胡乱な目を送る。しのぶちゃん、落ち着いて、と恋柱・甘露寺蜜璃の制止も飛んだが、届いていないようだ。
「冨岡さん、あなたにその制服が似合っていなかろうが、どうでもいいことです。手っ取り早くそのマスク取ってくださいませんか?あなたの呼吸音、耳障りでなりません。」
 冨岡は、シュコーシュコーと音を発しながら、首を横に振った。しのぶのこめかみに青筋が浮き出る。
「強引に剥ぎ取ってもいいんですよ?」
「あら、しのぶ、無理矢理はいけないわ。義勇君も折角勇気を出して来てくれたんだもの、この格好はこの格好で、段々愛らしく見えてこない?」
 いや、それはどうだろう・・・、とやり取りを眺めていたその他大勢は思った。首から下は完全に女性だ。胡蝶カナエも長身の部類に入るが、彼女と同じ位の背丈で、すらりと伸びた足、くびれた腰、甘露寺とは言わずとも程よく膨らんだ胸。首から下だけを見るならば、十分に魅力的ではある。だが、その顔には無骨なガスマスクが装着されている。なんちゃってガスマスクではなく、どこぞの軍隊仕様のものだ。しかも、そのマスクの下には冨岡の顔がある。あの、冨岡義勇がいるのだ。どんな悪夢だ、と不死川は唸ったが、まあそう言うなよ、と隣りの宇髄が苦笑する。
 口々に、外してくれ、いやいやと首を振る冨岡、というやり取りを繰り返し、もうどうでもよくない?もうこのガスマスクが冨岡の顔ってことの方が、俺達の精神衛生上いいんじゃない?という緩い空気が流れ始めていた、その時だった。

「おい宇髄!あの鍛錬メニューはなんだ!俺を殺す気か!今まで閉じ込められていただろう!」

 と、来客用の入口ではなく、伊黒が立っていた近くにある、建物の奥へ通じる扉から、一人の男が飛び込んできた。宍色の髪に、口元には目を引く傷跡が走っている。錆兎だ。彼は宇髄が組んだVRの鍛錬システムをこなしていたのだが、ノルマ達成するまで退室不可能の鬼畜設定がなされていた為に閉じ込められていたのだ。
 錆兎は入室するなり、場の異様さに気付いた。というより、明らかに異質である、ガスマスクを被った女子高生へと視線を向けた。今まで調子を崩さなかった冨岡の呼吸が乱れる。錆兎はすっと表情を無くし、つかつかと冨岡へと近寄る。思わず後ずさる冨岡。それを追い掛ける錆兎、逃げる冨岡。けれども、入口近くで佇んでいた冨岡に、後退できるスペースは少ない。すぐに踵が扉を叩いた。
「義勇か?」
 冨岡に反応はない。それが答えである。錆兎は更に距離を詰めて、扉と自分の身体とで冨岡を挟み込んだ。
「義勇だな。顔が見たい。外してくれ。」
 冨岡は、それでも首を振った。強情な様子に、カナエが横から口を挟む。
「ねえ錆兎君。義勇君はね、今とっても自分の容姿に自信がないの。できれば、昔の知り合いに見られたくないんですって。それでも、見たい?」
「見たい。折角義勇と同じ時を生きているのに、どうしてお前はこの僥倖を喜ばない?俺はお前に会えて嬉しくてたまらないよ。」
 なあ、義勇?と優しく呼びかけると、シュコーシュコーと呼吸を繰り返していた冨岡が、根負けしたように、頭の後ろに留め具に手を伸ばした。マスクを外しながら、「やっぱり錆兎はずるい。」と呟く。低めではあるが、凛とした女性のものだった。
「錆兎が生きてるだけで幸せなのに、急に大きくなった錆兎が目の前にいて、心臓が破裂しそうだ。わたしが死んだら、錆兎のせいだ、」
 冨岡の眸から涙があふれ、しまいにはぽたりぽたりと床に透明な染みを作った。鼻を啜りながら、錆兎のばか、強情、昔も十分格好良かったのに、これ以上格好良くなってどうするんだ、こまる、幸せ過ぎてつらい、と恨み言をぽつぽつと吐き出している。錆兎はそんな冨岡を引き寄せて、両手で冨岡の頬を包み込み、目を合わせる。
「相変わらず泣き虫だなあ義勇。泣いてても、義勇は昔と変わらず綺麗だよ。」
 彼女のこれ以上の抗議を防ぐ為か、冨岡の顔を己の肩口に抱き寄せる。ごめん、でも会えて嬉しい、とぽんぽんと背中を叩けば、冨岡の腕も錆兎の背中に回った。
「よかったわねぇ~義勇君。」
 にこにこと微笑むカナエをよそに、置いてけぼりを食らった面々の心は見事にシンクロした。

((((いや、冨岡(さん)、普ッ通にただの美少女なんですけど???))))





みんなに合流するまでの、ぎゆうとみおかの武勇伝。



<胡蝶カナエの場合

 胡蝶カナエが冨岡義勇と再会したのは通っている学校の敷地内であったが、同級生として顔を合わせたのではなかった。カナエはその日、鬼化した人間を追って学校内を走っていた。時刻は既に深夜を回っている。本来ならば、今日(既に昨日となっていたが)到着した、季節外れの転校生を案内し、少しばかり夜更かしをしてお喋りをしたりしていただろうが、任務が入ってしまったのだ。寮生活ではあるものの厳しい学校ではないので、ちょちょいっと誤魔化せば、寮から抜け出すのは案外に簡単だ。通常はインカムを装着し、隠のナビゲーションで鬼の元へと一直線なのだが、たまたま機器の調子が悪く、現在メンテンス中だ。通い慣れた学校内ということもあり、代用を使うことなく、一人、鬼が隠れられそうな場所を当たっている。流石は都内屈指のお嬢様学校。ふらふらと深夜徘徊するような不良はいない為、カナエが堂々と走り回っても見られることもない。監視カメラはそこここにあるものの、位置を把握しているので、回避は容易い。
 目星をつけている場所へ向かい走っていると、一年生が丁寧に手入れをしている茂みから物音が聞こえた。犬猫の大きさではない。今日は早く片付きそうだ、と、息を殺して近付くと、そこには、

 鬼化した人間に、ステップオーバートーホールドウィズフェイスロック(通称:STF)をがっつりかけている、冨岡義勇がいた。


 後にカナエはこう語る。
「衝撃だったわぁ~。だって、はっとするような美少女が、自分よりも体格の良い鬼にSTFかけているんだもの。しかも、それが知り合いだったとしたら、驚きもひとしおでしょう?」





<モブ鬼の場合

 男はその日、会社の飲み会の帰り道を、酔い覚ましを兼ねて歩いていた。アルコールが適度に入り、気分が良い。しかし、男に突然の不幸が降りかかる。自宅マンションから程近い、都内の女子高の寮付近へとさしかかった辺りで、男は唐突に鬼化した。鬼化するメカニズムは、現代でもまだ解明されていない。疲労、泥酔、極度の興奮状態といった事例も確かに報告されているが、ほとんどがこの男のように前触れもなく、唐突に発症する。最初は自分の身に何が起きたのか把握できない。強い目眩と倦怠感に突如襲われるのだ。身体の変化は緩やかで、かつてのように発狂するかのような強い苦痛はなく、身体が怠く四肢が熱を持っているような、風邪に似た状態になる。そして、次にやってくるのが、喉の渇きだ。無性に喉が渇くが、水を飲んでもこの渇きは癒えることはない。血だ。それは決して人の血である必要性はないが、被験者は揃いも揃って人の血を求める。けれども、まだ理性がある。そして人としての嫌悪感もある。そして喉を掻きむしる程の飢えにさいなまれ、理性の天秤が崩れた時、最後には人を襲い喰らう。この個人差は大きく、早い者では一日、中には半月まで耐えた者もいた。
 男は、残念ながら堪え性ではなかった。近くの女子寮からは、鼻孔をくすぐる良い匂いが漂って来る。サラリーマンが女子寮へ侵入したとなれば社会的に死ぬと頭では分かっていながら誘惑に勝てず、高い塀を乗り越えた。急激に上昇した身体能力が遺憾なく発揮されたのだ。
 そびえ立つ木々の一枝が、二階の窓へと伸びている。これ幸いとその樹を伝って内部へと侵入しようと、手をかけた、その時だった。上から、人影が降って来たのだ。咄嗟のことに反応できず、もろとも地面に落ちた。強かに腰を打ったが、そこは鬼の回復力である、次の瞬間には痛みなどどこかへ行ってしまった。寮への侵入を防いだのは、冨岡義勇であった。黒いスウェットに黒いパーカーを羽織り、顔を見られないようにフードを深くかぶっている。そのまま男に馬乗りになった。腹の辺りに尻を落ち着けている。
「動くな。わたしの質問にだけ答えろ。」
 と冨岡は命令したものの、元々は喉の渇きに耐えられず侵入したのだ。近くにある血のにおいに、男の喉が上下する。口の中に広がる唾液の量が多くなった。その様子に気付いた冨岡は、人差し指を口許へとやり、躊躇うことなく歯を立てた。人差し指にぷくりと血の玉ができる。
「口を開けろ。飲め。嫌悪があっても飲め。話はそれからだ。」
 言いながら、がっと男の顎を力づくで固定し、口を開けさせた。そして、血の雫を、一滴二滴と垂らしていく。それだけで、男の渇きは驚くほど落ち着いた。もういいか、と一人ごちて、適当にパーカーの裾で指先を拭った。
「人を喰ったか?」
 唐突である。少なくとも、今まで普通のサラリーマンとしての人生を送ってきた男にとっては、あまりに唐突過ぎる問であった。冨岡の目に見えぬ迫力に気圧されて、ぶんぶんと首を振る。
「いえ、考えたこともありません!」
「そうか。ならば助かる見込みはある。」
 男は自分の身体が今、どのような状態になっているのか、分かっていない。だが、冨岡からの説明はあまりに端的だった。それはまあ、冨岡なので仕方のないことなのだ。
「お前は今、鬼になっている。だが、絶望するな。助かる可能性はある。」
「お、教えてください!どうすれば助かるんですか!」
「これから、お前のような存在を保護して回っている者達が、お前を回収に来る。その時に、わたしは人を喰っていません、と言え。少しでも疑われれば、その瞬間、お前は頚を斬られ、死ぬ。」
 死ぬ気でやれ、根性を見せろ、男ならばやってのけろ、と精神論を諭された。さあやって来たぞ、と冨岡が視線を向けた先には、遠く二人組の人影が見えた。ようやく冨岡は男の上から退く。
「お前の生死はお前の頑張り次第だ。精々気張れ。」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「一度で覚えろ。いいか”わたしは人を喰っていません”だ。」
「あの、あなたは一体?」

「鬼事情に詳しい、通りすがりの一般人だ。」

 この後、現れた鬼殺隊(宇髄天元と不死川実弥であったことは一応明記しておこう。彼の恐怖はいかほどであったか、想像するは容易いだろう。)に向かって、土下座しながら「わたしは人を喰っていません!」と何度も叫ぶ鬼が発見されたとか。





<村田さんの場合

 この時代の鬼化は、比較的緩やかだ。それは身体的特徴しかり、理性を失うスピードしかり。けれども中には、鬼化してすぐさま人を喰らう者もいる。あくまで一握りではあるものの、そういった凶悪な鬼にこそ迅速に対応しなければならない。凶悪なと言っても、前の時代では人を喰った鬼ばかりと戦っていた鬼殺隊だ。その強さは雑魚鬼に少しばかり毛が生えた程度のもので、決して脅威ではない。血鬼術を使える鬼はほぼ皆無であることもあり、隊士への負担は極々少ないものだった。
 村田はそんな鬼が隠れているという、廃校へと任務で訪れていた。あまり多くいては深夜とはいえ目立ってしまうので、動員されている隊士は決して多くはない。遊撃隊として建物内を探るのは柱や腕に覚えのある者達であって、村田のような下っ端は校庭などにそれぞれ配置され、万一鬼が逃げ出した場合の見張り番として置かれているだけだ。
 村田は、決して気を抜いていたわけではない。インカム越しに隠とお喋りに興じてもいなければ、眠気と戦っていたわけでもなく、至極真面目に任務に就いていた。のだが、背後からの急襲に、呆気なく気絶した。突然に現れた存在に、見事に手刀を決められたからだ。もちろん、冨岡である。
「すまない、借りるぞ。」
 と、冨岡は声をかけたが、その声を拾ったのは、インカム越しに待機していた隠であって、村田は既に夢の中であった。

 その後、無事に鬼の頚を斬った冨岡は、まだ目覚めぬ村田の横に借りていた刀を供え、姿を消した。ちなみに、誰とも知らぬ者(と言いつつも、皆が冨岡じゃね?と疑ってはいたが)に鬼殺隊の魂とも言っても過言ではない日輪刀を奪われたとして、村田は柱に物凄く怒られたが、その半分は自分の手で頚を斬れなかった腹いせでもあったので、ただただ貧乏くじを引かされた村田なのであった。





<嘴平伊之助の場合

 鬼殺隊は冨岡の姿を捉えることができなかったが、一番に肉薄したのは伊之助だった。今日も今日とて鬼化した人間を回収していた鬼殺隊だが、たまたま、冨岡と鉢合わせした。冨岡が駆けつけるより先に、甘露寺蜜璃、胡蝶しのぶ、そして嘴平伊之助が片をつけてしまったからだ。例によって、全身黒ずくめの目深にかぶったフードで顔を隠した状態で現れた冨岡は、一瞬、確実に動きを止めた。その隙を見逃さぬ胡蝶ではない。一番近くに居た伊之助に
「伊之助君!捕まえてください!」
 と発破をかける。伊之助達同期の中で、一番に瞬発力のある速さを発揮するのは我妻善逸だが、伊之助は彼の次に足が速い。冨岡が踵を返した時には既に遅く、伊之助が冨岡の腕を掴んでいた。やった!と胡蝶達が喜ぶのも束の間、背中を見せていた冨岡はくるりと伊之助に向き直ると、掴まれた腕を払いのけ素早く掴み返し、そして、お手本のような一本背負いで伊之助を投げ飛ばした。あとは、いつもの如くである。地面だけでなく、木々の枝も使ってぴょんぴょん跳ねて遠ざかっていく冨岡は、あっと言う間に見えなくなったのだった。





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気晴らしに遊んでみました。コメディ書くのは難しい。
楽しかったので、今書いてる話頑張れそうな気がする。
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