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現代で、ぷーさんとにぽんの話。
菊さんが普通に欝です。 人名使ったり、国名使ったりしてます。 どうしても、プロイセンって打つのが恥ずかしかったんです。 呼び方間違えてたらさーせん。 あ、と、季節外れですね、すいません。 ↑はヨエコさんの『雨の/羽生橋』より。 …というわけで、実はこういう話でしたよ、緋紅さん。 にしても、一時保存機能、便利すぎる。 (蝉が、) 菊はそう思ったが、起き上がることも出来ず、ただ茫洋とその声を聞いた。まるで耳鳴りのように、蝉の鳴き声が何重にも重なって響き渡っている。暑いなぁ、と独白する間にも、首筋に吹き出た汗が玉となり、肌を滑って襟元に吸い込まれていった。 今年の夏も暑かった。環境破壊云々と、すぐさまCO2だのオゾン層だのの問題に直結させるつもりはないが、異常気象とも呼べる天気は連日猛暑を記録した。そんなことより、今は蝉だ、蝉。わんわんと耳に残る音は、目を閉じるといっそう蝉だけの世界を連想させた。悪夢である。 (冷蔵庫の中のものは、大丈夫だろうか) ぼんやりと、そんなことを思う。縁側にだらしなく寝転がって、何日が過ぎただろうか。体内時計が狂っている、何時間も何日もそう大差ないような気がしてならない。放り出した両腕が、時折、木目のまだひやりとする箇所に触れるが、すぐに体温でぬるくなってしまう。ぶらぶらと揺らしていた両の足の、しかし片方にだけは何も履き物を履いていない。つま先に引っ掛けられていた"突っ掛け"は慣性に従って揺れていた足を離れて、庭に転がっているのだろう。 (なにも、やりたくない、なぁ。どうしよう、どうしよう) と、一人葛藤することが、時折ある。何かしなければいけない、という強迫観念と、何もしたくないできない、現状を見つめていられない、と逃亡したがる強 い思いとがぐらりぐらりと天秤にかかって、困ったことと言えばいいのか、実に見事な、と呆れかえればいいのか、丁度バランスを保った状態で一時停止してしまったのが、まさに今現在の状況だ。 (ポチくんはどうしたんでしたっけ。ああ、お隣さんに預けて。なんとまったく、用意周到なことで) ごろりと寝返りを打った。自分のわがまま加減に嫌気が差したからだ。目を閉じれば、いよいよ蝉の声だけの世界である。悪夢だ、耳鳴りがやまない。 「おいじじい、くたばるんなら家ん中にしろ。干からびてミイラにでもなりてぇのか」 蝉の声ではない。菊は胡乱げに目蓋を持ち上げて、声がした方を見た。と同時にため息。その様子に、悪ガキがそのまま大人になったような、何がそんなに楽しいのか、と問いたくなる笑みを浮かべていたギルベルトの口許が、僅かに歪んだ。 「いや、この湿気だ、ミイラになる前に腐乱死体だな」 言葉尻に、彼独特の笑みが続いた。菊はゆっくりと起き上がったものの、体勢を整えるようなことはせず、だらしのなく足を崩した格好のままだ。腰に手を当 てて己を見下ろしている男の目を、淀んだ眼で見返した。相変わらず宝石のような眼だなぁと思ったものの、口には出さなかった。彼にその賛辞は必要ないよう に思えたからだ。 「室内で腐乱死体化でもしたら、それこそ異臭騒ぎのご近所迷惑じゃないですか」 久しぶりに発する声帯は、少し掠れていた。一瞬の沈黙。見つめ合うという程、穏やかな空気ではなく、ただ単に相手を観察している、という表現が妥当だろ うか。菊はその一瞬が彼に与えた情報に、内心で(嗚呼、)と呻いた。彼が至極あっさりと、それでいて正確に菊の内心を読み取ったであろうことを、菊もまた 感じ取ったからだ。彼は"あの"見た目に反して、感情の機微に敏かった。 ギルベルトは一瞬の攻防の勝敗をまじまじと見せ付けるかのように、菊の頭を軽くはたいて、 「耄碌してんじゃねぇぞ、じじい」 と、吐き捨てるように言った。菊は頬にかかった髪を払う振りをして、さっと彼から眼を背けた。 「わたしはもういいおじいちゃんですから、耄碌してもいいんです」 「…なに、疲れてんだよ」 「疲れてません。至って健康、至ってまとも、不健全な生活を営める程度に、わたしの身体は丈夫なんです」 しかしギルベルトは、菊のたわ言に一切耳を貸さず、どかりと菊の隣りに腰掛けた。ぎしりと床が軋む。今更ながら、彼が現実、己の隣りに居るのだと、誰かが己の側に存在しているのだと気付かされて、菊はため息の逃げ場を失った。 「電話線、抜いてるだろ。ヴェストが電話繋がらねぇってぼやいてた。イタリアちゃんも、送ったメールが届かないってヴェストに泣きついてたぜ。年長者振るんなら、あいつら困らせんな」 そうですか、と相槌を打ったような気もするし、心の中で呟いただけかもしれない。その言葉への相槌は、甚だ無意味であるからだ。もちろん、彼らが疎まし くなっただとか、嫌いになっただとかということでは決してないのだけれど、今この瞬間に、彼らの存在はとても遠かった。目の前に存在している男の口から漏 れた名は、彼以上の現実感を伴うことはなかった。彼だって、菊が本気で、あっち行ってくださいしっし、と追い払えば、文句を垂れつつも退散するだろ。そう いう薄情な男であることが、菊にとってはどんなにも楽なのだ。 「ネット回線は生きてますよ。一回引っこ抜くと、再設定が面倒なんです。ただパソコンに触れていないだけで。携帯は、ああ、確か居間に居るはずです。充電は切れて、物言わぬ骸と化してますが。本当はへし折ってやろうかとも思ったんですけどねぇ、やめました」 何故、と問わないことを知っている菊は、一旦言葉を切って息を大きく吸い込み、続きを吐き出した。彼は菊個人に対して、いつだって無干渉だ。 「戻ってきた時に、困るのは自分だと知ってるんです。だから現実逃避し切れないんですかね。現状から逃げ出したい筈なのに、息抜きから帰ってきた後にちゃんと円滑に支障なく生活が送れるよう、ちゃ~んと考えてるみたいなんです」 そうか、と言葉少なに返ってきた相槌は、静かに菊の中に沈んで行った。自嘲した笑みが、どこにも消化されることはなく、また己の中へ帰っていく。一瞬で も、この無力な男に縋ろうと思った自分こそがみじめだと、菊は痛感せざるを得なかった。そして、今更ではあるものの、どうして彼がここに居るのだろうか、 とぼんやりとした頭でようやく思いついたが、口に出すことはなかった。暇なのだろう、理由すらないに違いない。そういう、形もおぼろな行動理由で動くこと のできる彼の奔放さは、少しばかり眩しかった。自分にはいつだって、理由と時間と事前学習と、自分の中だけに吐き出される無理矢理な言い訳がなければ駄目 なのだ。 「あなたが羨ましいです」 菊が誰かを羨むということは、至極珍しいことである。いや、劣等感の塊である菊のことだ、心の中の自分に素直な言葉は、案外にすらすらとその言葉を綴るのかもしれない。だがしかし、はっきりと口に出し言葉に綴った菊を見るのは初めてだった。ギルベルトの知る菊は、片意地一辺倒である。矜持が高いだとか、 孤高だ高潔だ孤独を愛する性質なのだとかの美化しきった単語たちは、彼には不釣合いだとギルベルトは思っている。意地を張っているだけだ。それも、菊にしか通用しないルールを勝手に適用して、一人で勝手に雁字搦めになって満足している男でしかないのだ。まったく、面倒な。 ギルベルトはちらりと隣りの様子を覘いたが、茫洋とした眼がどこを見るでもなく、庭の景色に注がれていただけだった。結局ギルベルトは、この空気を誤魔化す言葉を選んだ。彼の葛藤に対して、ギルベルトは嘆く隙間すらない程に無力だった。彼という個体は他人の介入を拒んでいるし、他人からの援助やら助言やら、そういったことで己を取り戻すことにいっそうの劣等感を抱くことも、重々承知している。もちろん、それらこそが、菊を意地っ張りと呼ぶ一因ともなって いる。 「まぁなぁ、俺の周りには、ヴェストもいるしイタリアちゃんもいるし 「違います」 菊はギルベルトの言葉を遮った。決して大きな声ではなかったのに、ひやりと染み渡るものが彼の声にはあった。地声の大きいギルベルトにはないものだ。ギルベルトの拙い、気休め程度のフォローを簡単に一蹴してした声は、喉元に突き付けられた刀のように鋭かった。 「過去しかない、あなたが羨ましい」 菊は顔を上げて、真正面からギルベルトを見据えた。感情の読み取りにくい、夜の海のような黒黒とした眼球が、微動だにせず、ただギルベルトへと注がれて いる。蔑みや憐れみなどという感情がそこには浮かんでいないように、彼の言葉通りの羨望もまた、そこには存在していないように見えた。羨ましいとは言ったものの、それこそ、その言葉をぶつける相手は誰でもよかったのではないだろうか。たまたまここに現れたのがギルベルトだっただけで。 無表情ながら、己の言葉にショックを受けている菊よりも、先に我に返ったギルベルトは、さっと手を振り上げた。激昂してもよかっただろう、彼を怒鳴りつ けて暴力を働いて、感情のままになじっても、彼はギルベルトを責めないだろう。彼は、己がどれほど失礼な一言をこぼしたのか充分に気付いるくせに、謝罪の 一つもせずに、わたしというひどい男の戯言だと思って諦めてください、と開き直るに違いない。彼はギルベルトに容赦がなかったし、言葉を偽ったりはしな かった。だからこそ、と言うべきだろうか、激情と言う名の衝動は、一切湧いてこなかった。ギルベルトは時々、この本田菊という存在が、この世の誰よりもみ じめに感じるからだ。狭い狭い世界でしか生きられない、大きな大きな波に呑まれたこの男の、なんとあわれなことか。 ギルベルトは、先程挨拶代わりに彼の頭をはたいたように、もう一度、彼の艶やかな黒髪へと手を置いた。ぐいと手に力を込めて、菊の思考を霧散させる。 「…寝言、言ってんなよ」 「…寝言ですよ、仕方がないじゃないですか」 場が沈黙する。忘れていた蝉の声が、一斉に菊の世界を支配した。ああ、今年も、暑い夏が終わってしまう。菊はようやく重い腰を上げて、 「で、夕飯は食べて行かれるんでしょう?簡単に何か作りますから」 と、蝉の声から逃れるように、家の中へと姿を消したのだった。 PR |
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